待ってるよ、颯ちゃん(1)
午後23時のベランダは、私の特等席だ。
この時間のこの空間だけは、何に変えても守り抜きたい。それぐらい大切な場所。
「颯ちゃん!おかえり!」
静まり返った住宅街に毎晩響く、この私の声。
昔こそ近所のおばちゃんが怪訝な顔を窓からのぞかせたものだが、今ではそれが恒例となりもう誰も不審に思う人はいなくなった。
つまりもう、私が颯ちゃんに『おかえり』と叫ぶことを咎める人はいないのだ。
「ゆず、近所迷惑」
「ぐっ・・・」
ただ一人、ご本人様を除いては。
「身長伸びなくなるぞ。おやすみ」
バタン。
颯ちゃんの姿が見えなくなるのと同時に、そんな虚しい音がぽつりと残された。
「つ、冷たい・・・。」
誰にも見られていないにも関わらず、誰が見てもわかるほどにがっくりと肩を落とし、自分の部屋へとぼとぼ戻った。
---彼、颯ちゃんと私は、3歳差の幼馴染だ。つい最近成人してしまった彼は、とにかく忙しい日々を送っているらしい。
法学部なんて桁外れな道を歩み始めた上に、学費を稼ぐためほぼ毎日夜遅くまでバイト。来月に控えた学祭の準備もあるみたいだし、きっとものすごい過密スケジュールをこなしているんだろう。
そんな多忙な彼を堪能できる時間なんて、もう一瞬あるかないかなのだ。
だから、午後23時のベランダは、私の特等席。
この時間のこの空間だけは、何に変えても守り抜きたい。
---それぐらい、大切な場所。
「そうだ、会いに行ってしまおう!」