第3話「言語」
[今日は、これ教えますね]
とても丁寧な文章。
私は本が好きで、活字を読むのは得意なほう。
彼の書く文字を追いかける、作業を見て覚える。
そして注意や補足をまた書いてもらう。
二週間ほどたって、少しは日野さんに慣れてきたかな。
[また明日、同じのを練習しましょう]
私は大きくうなずいた。
1日が終わって帰るときはちょっこと頭を下げる。
筆談にも慣れてきた。
文字さえあれば、なんにも問題ないよ!
普通に話せるのと同じ。
でも私のネガティブな思い込みの激しさは完全には消えない。
日野さんは他の聾唖者と話すときは完全に手話で話す。
それは日本語ではない、別の言語で話しているのと同じこと。
何を話しているのか分からない。
そういうとき疎外感があるのはやっぱり嫌だけど、仕事に支障はないもんね。そう言い聞かせるしかない。
出勤して、みんなにちょこっと頭を下げる。
また今日も新しいことを教えてくれる。
作業しながらだと、ジェスチャーと日野さんが話す、単語で進んでいくことも増えた。話すと言っても、音を聞いたことのない彼らの発音は正確ではない。最初は理解できないくらいだ。
私が日野さんが話す言葉を理解できないでいると、筆談になる。
申し訳ないなと思う。
でも、私は思っているだけ。
筆談で理解できなくてごめんなさい。と、書いたことはない。
そっかぁ、私は彼らから見たら、何を考えているのか分からない存在なんだ。
初めて会ったとき、私が感じた怖さがきっと彼にもあるだろう。
そして、彼はまだそれを持っているはず。
何を考えているのかわからないのは、耳が聞こえないからじゃない。
そうだよね。だいたい人間みんな、何を考えているのかなんて分からないよ。
自分の思ってることを伝えないと。
私は彼に会うまで、そんなこと思ったことなかった。
自分の意思を伝える、それができなくて私は人付き合いが下手なのかも。
彼に意思を伝えるように、私も書かないとだめだ。
でも私は筆談の弱点がまだ見えてなかった。