第2話「彼」
「おはようございます」
振り向く人と、そうじゃない人がいる。
「あぁ、紺野さん。おはよう。いきなりでひどい移動だよね。」ここの責任者の三木さん。
「ちょっと案内するから!」
三木さんは以前から少し顔見知り。でも他の人は全くだった。
一通り現場を案内してもらって、私がする仕事を教えてもらう。
「じゃぁ、当分はこの日野くんについてくれるかな。」日野ユウさん。長身でキレイな顔立ちと、右耳に目がいってしまう。
「あの、三木さん…私手話とかできないんですけど、大丈夫ですか…?」
「あぁ、日野くんは結構筆談でいけるから、大丈夫だよ。右は補聴器してるから、大きな声なら聞こえるみたいだし。堺さんは忙しくて教えてる暇ないからねぇ。でもわからないことは聞けばいいよ!」堺さんは同じ担当のなかで唯一の健聴者だ。
大丈夫なの?三木さんもあんまり来ないみたいだし、堺さんも頼れないの?
三木さんは口を大きく動かし、身振り手振りで、日野さんに説明している。
私はちょこっと頭を下げた。
日野さんも頭を下げた。
じゃぁ、あとはよろしくといった感じで三木さんは戻って行った。
[今日はいろいろ見ていて下さい。]
日野さんはバインダーに挟んだいらなくなった書類の裏に、そう書いてくれた。
私はまたうなずいて、黙って作業を見ていた。
日野さんからは紙に書いてあること以上の情報がない。
喋る言葉にはニュアンスがあって、相手の気持ちが伝わってくる。でも私はまだ彼のニュアンスが分からない。ネガティブな私は、何を考えているのか分からない彼が怖かった。
喋れない。喋れるけど会話がないこととは全然違う世界。