精確な性格
「精確さを欠くといことは、必然的に全体が歪むことになる。至極あたりまえなことだが、実際にそれを感じることは少ない。例えば、人間が紙に正円を書いたとする。しかし、実際にはそれは正円ではない。ほんの些細な分、歪んでいるのだ。だが、人間はがさつな生き物なので、正円に限りなく近れば、それを正円と認知する。
私はそれが許せない。正確な正円と歪んだ正円を同一視する人間を、感情的に叱れる程に、嫌悪をもって接することができるだろう。私が君をそんな風に叱らず、好きでいる理由は、君が正円だろうが正方形だろうが、そのうえ正十二面体だろうが、正しくその眼で見ただけで判断できる能力があるからだ。君のその力によって、私の作品たちができそこないの、いや、できそこない以下の邪魔なものにならず、正しく『作品』として発表ができる。
本当に君には感謝のしようがないよ。これからも、その眼をもって、私の『作品』をきちんとした、精確なものにするために、協力をしてくれたまえ。」
そう言いながら、僕の雇い主の芸術家は、制作依頼を受けた絵画作品の幾何学模様を一つ一つ道具を使い、書き進めていく。
この芸術家は酷く偏屈で、自身の『作品』は精確でなければならないと考えている。そのため、今までの『作品』も、ただただ精確な正方形であるだけの石膏だとか、延々正円を繋げただけの水彩画だとか、面白味もないものを作っている。
今作っているのは、ただ幾何学模様をいくつも繋げるだけの代物だ。しかし、それなりに評価を受け、芸術家としてやっていけてるということは、一定数同じような考えの人がいるのだろう。
もっとも、給料をもらって制作を眺めているだけの、僕が知ったことではないが。
「先生、今書いた三角、一か所2度左に傾いています。」
「何!本当かね!!」
雇い主は大慌てで分度器を取り出し、ズレを確認した後、すぐさま修正を施した。
「いやはや、今日はもう二度目か。精進せねば。しかし、本当に君がいてくれると助かる。」
そういって、僕の方を向き、穏やかな顔で微笑んだ。
その顔は、僕の知る中でも、最も『歪んだ』人間の顔だった。