いつかまたどこかでいいなら
「いつかまたお前に会いたいよ」
そう言うと翔子は驚いた顔をした。オレは返事が怖くなった。だから
「いつかまた」
そう言って逃げた。
いつかまたどこかでいいなら
『brilliant lady』は口コミや雑誌で紹介され、今は予約が一杯の状態。だからオレ達ホストはかなり忙しい。そして今日もオレはデートだ。てな訳で今オレは今、相手と待ち合わせ中。
「寒…」
午後8時の10分前。もうそろそろ相手が来るはずだ。
「あの…?」
「はい?」
肩を不意に叩かれたので少々驚きつつ振り返った。そこには小柄な女が立っていた。ぱっちりとした目、肩まである髪は黒い。全体的にふわふわしている。
「あの『イノセント』の方ですよね?」
「内藤翔子さんですね。本日は『brilliant lady』をご利用いただきましてありがとうございます。リョウです」
いつもの感じで笑う。要は営業スマイル。
「内藤翔子です」
そう言って深々と頭を下げた。
「何て呼べばいいですか?」
「え…?」
「仮にも今日は恋人なんで」
オレがそう言うと顔を真っ赤にした。
なんか小動物みてぇな女。
「えっと、まかせます」
「わかりました。じゃあ翔子さんて呼びますね。オレのことはリョウでいいですから」
「あ、はい」
「じゃあ行きましょうか?」
オレはゆっくり手を差し出した。翔子さんはキョトンとしている。思わず笑ってしまった。
「オレの手の上に手を乗せてください」
言われた通りにする翔子さん。オレは乗せられた手をギュっと握った。
「えっ!?」
困惑してるし。からかいがいのある女だな。
「デートっていったらね」
「…私、そんな年じゃ」
「決まりなんで」
オレはにっこりと笑った。
「じゃあ、行こう」
「…うまい」
「よかった」
翔子さんお薦めのイタリアンレストランで夕食を食べている。
本当にうまい。
「リョウ君って何歳なの?」
「何歳でしょう?」
「……21?」
「それプラス3です」
そう言うと翔子さんは驚いていた。
「同い年なんだ…」
「そうみたいですね。この髪だから若く見えるのかも」
オレは髪を指で弄ぶ。
そろそろ色変えねぇとな。
「同い年なら敬語じゃなくても…」
「そう?じゃあ遠慮なく」
肩の荷が下りた気がした。やっぱり敬語なんてホストの時しか使わないからだろうか?
「店ではそんな感じなの?」
「んー。お客様には専ら敬語だな。オレって何故か年上の方の指名が多いから好青年やってんの」
「なんか、ガラっと変わるね」
「ああ、悪ぃ。オレさ口悪いから」
ほぼ素の自分を出している。客の前なのに。同い年だからだろうか?
「本当に悪いね」
翔子はクスクスと笑った。何故か笑った顔、声が心地いい。
「翔子は何で予約したんだ?」
少々気になっていた。このサービスを利用する客は大概失恋の痛み、片思いに疲れ、癒しを求めて予約する人が多い。中にはホストに惚れている客や、興味の客もいるらしいが。
「私は興味かな?」
「興味?」
「うん。友達が彼氏をつくる前にデートって何をするか学んだら?って勧められて」
「…好きなやつ、いんの?」
少々胸が苦しくなった。
「いないよ」
思わずオレはホッとした。
……って何ホッとしてんだ?
「リョウ君は彼女いないの?」
「いねぇよ。ホストやってたら、かまってられねぇから」
「過去に言われたの?『かまって』って」
「……」
「図星?」
クスクスと笑う翔子。オレはからかわれてると思いムッとする。
「違ぇよ。面倒なだけ」
「クスクス。そっかごめんごめん」
謝ってねぇし。…まぁ、いいか。
オレはパスタをほおばる。といっても上品にだ。
「ねぇ、リョウ君」
「ん?」
「ホストに何でなったの?」
「んー?」
難しい質問だな。オレもよくわかってないし。
「なんとなく、だな。しいて言うなら25までに金をためたかったからっつうのがあったからなった」
「なんで?」
「オレの実家和菓子屋なんだ。『こちょう』っつう店」
「え、あの?」
翔子は驚いたようにオレを見た。そりゃそうだろう。こちょうといえばこのあたりじゃ結構有名な和菓子屋だ。
「あそこの苺大福おいしかったよ」
「毎度。オレが継いだらサービスしてやるよ」
「やったぁ!」
無邪気に笑うやつ。
オレを見た瞬間、翔子はいきなり顔を真っ赤にした。オレは訝しげな顔をする。
「どうした?」
「なんでもないよ」
オレは首をかしげた。
「それより、何で25までお金を集めたいの?」
「え?…ああ。親父と約束したんだよ。24まで自由に暮らしていい。けれど25になったら店を継ぐために修行しろってな」
「ホストやめるの?」
「ああ」
「リョウ君はそれでいいの?」
「おう。オレ、昔から料理すんのとか好きだし。やりてぇってことないからな。それに親父、腰悪いからオレが手伝ってやんねぇと」
「…優しいんだね」
「はぁ!?」
頬が熱くなった気がした。翔子は笑う。
「顔が真っ赤。照れてる?」
「ち、違ぇよ!!」
「クスクス。違うんだ」
またからかってるなこいつ。
諦めてため息をついた。そして両手を肩のところまで挙げた。
「降参」
翔子は「やった」と言って嬉しそうに笑う。その笑顔がやけに眩しかった。そして、何故か胸がドキドキした。
「手ぇ繋ぐのなれましたか?」
「…なれません」
オレはクスクスと笑った。
翔子とのテートは午後10時まで。あの店でかなり時間をつぶしてしまった。
「悪かったな。オレがあの店でしゃべりすぎた」
「気にしないで。楽しかったから。でも送ってもらっていいの?」
「女性を最後までエスコートするのがオレ達ホストの仕事だからな」
「仕事…」
そう呟いた翔子は寂しそうだった。
…そんな顔すんなよ。帰したくなくなる。
「そういえば、リョウ君の誕生日っていつ?」
「5月27日。まだ先だな」
「でも、きっとあっという間だよ。ただでさえリョウ君忙しいだろうし」
「そりゃ本望さ。5月までオレはホストを満喫する」
「そっか」
なんとなくオレは空を見上げた。星はあんまり見えない。山あたりでも行けば見えるかもしれない、なんて思った。
「あ、ここです」
マンションの前で止まった。
…ここまでか。
不意に寂しい気持ちが膨らんだ。今までそんな気持ちになったことはないのに。
オレはそんな気持ちをごまかすように笑った。
「今日はありがとな」
「こっちこそありがとう。……じゃあ」
翔子は中に入って行こうとする。オレは思わず手首をつかんで止めて、
「リョウ君!?」
抱きしめてしまった。
何やってんだ、オレ?
オレはゆっくり翔子を放した。本当は放したくない。でもそれはできなかった。
「悪ぃ」
「ううん」
翔子とオレは恋人じゃない。仮初の、今日だけの恋人。それもオレの客。
「いつかまた、お前に会いたいよ」
そう言うと翔子は驚いた顔をした。オレは返事が怖くなった。だから、
「いつかまた」
そう言って逃げた。
「情けねぇ…」
更衣室の椅子に座って早30分。つけた煙草の本数は何本だろうか。
「あ、リョウさん。お疲れ様です」
「お前も今日はデートだったな」
ヒトシことひとみちゃんはにっこり笑った。そしてテーブルをはさんでオレの前に座った。
「お前さ、」
「はい?」
「デートの相手、好きになったことあるか?」
「…リョウさん、私女ですって」
「あ…」
オレとしたことがすっかり忘れていた。よほど気が動転してるらしい。
「リョウさん、好きになったんですか?」
「……多分な」
はあ、とため息をつく。
「それは、大変そうですね」
「だろ?…もう会えねぇだろうし」
「そうですか?自分から行動を起こせば会えると思いますよ」
「行動、か…」
その勇気がない。くそっ、オレはこんな女々しい男だったか?
「ひとみちゃん、その時になったらなんて言えばいいと思う?」
「え?そうですね…。『会いに来ちゃった』とかそんな感じでいいんじゃないですか?」
「そっか…」
「そうですよ。そんなに深く考えなくていいと思いますよ」
目を閉じた。目に浮かぶのは翔子の笑顔。
こんなにすぐに好きになるなんて思いもしなかった。相手のことを全く知らないのに。
お前は、こんな女々しい奴を好きになってくれるだろうか?
いつかまたどこかで会えたら、オレは逃げずに好きだと言えるだろうか?
まだ勇気がないオレは行動が出来ない。
もし、お前が許してくれるいつかまたどこかでいいのなら会おう。オレはまた会えると信じてる。