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アンコールは残業ですか

「…何ですか、これ」

「これ?見ての通り服よ」

そんなことは、わかってますって!

「私と飲みに行きましょ」







アンコールは残業ですか








こっそりカフェの中をのぞく。二人の様子からどうやらうまくいったようだ。

「よかった」

私は満足し、店に向った。


「あれ?ヒトシ早いな」

店の裏から入り、スタッフ専用のロッカールームの前でコウさんと会った。

「ええ。ちょっとありまして」

「げ。ケアは大丈夫なわけ?」

「ケアは必要ないですよ。ただ好きな人と結ばれただけですから。お客さんが」

そう言うとコウさんは私を大きく目を見開いて見ていた。

……なんか変なことしちゃった!?

「ぶっ」

「ぶっ?」

私が首をかしげるといきなりコウさんが笑い始めた。

なんかやっぱりやらかした!?

不安になっておどおどしていてるとコウさんが笑いを納めようと必死になっていた。しばらくしてから落ちついたらしく口を開いた。

「いや…悪い。何?つまりヒトシは恋のキューピットになっちゃったの?」

「…そうなんですかね?」

「あはははははは!!」

コウさんは再び笑い始めた。

「もう、最高!やっぱひとみちゃん、いいわ~」

「コウ、何笑ってんだよ?」

「リョウさん」

コウさんの笑い声を聞いてか、リョウさんがロッカールームから出てきた。

「うわ、何だよそのアホ面。気持ち悪!」

「うっさいよ、リョウ。お前も聞いたら絶対笑うって」

「はぁ?」

リョウさんは訝しげにコウさんを見た。

「実はさぁ、」

コウさんは私に聞きつつ、リョウさんに今日のことを説明した。

「なるほどな。んでお前、初音さんとやらとその想い人をくっつけたのか?」

「最終的には」

「「…ぶっ」」

リョウさんとコウさんが同時に笑い始めた。大爆笑だ。

やっぱり変なのか!?私!!

「うるせぇ!!」

ちょっとへこんでいたら店のほうからカナトさんが出てきた。

「…カナトさん、こんばんは」

「あれ、ヒトシ?お前、デート中じゃねぇのか?」

「…色々ありまして」

「カナトさん聞いてよ!ひとみちゃん、相手の恋をキューピットになったんだってよ。んで途中で切り上げてきたんだって」

「……ぶ」

カナトさんまで笑った。笑われた…。笑われてしまった。ヤバイ、かなりへこむ。

「カナトさんまで…」

「悪ぃ悪ぃ。しっかし、ひとみちゃん変わってんなあ」

「へ?」

「自分から労働時間減らしてせっかくの稼ぎをパアにするなんて」

カナトさんの言葉に愕然とした。

「しまった…」

後悔しても後の祭り。私は肩を落とした。


「ひとみちゃんらしいわね~」

「はははは…」

乾いた笑いしか出ない。

今、私は桜さんの部屋にいる。仕事が終わったのを報告した。

「その初音さんって人結ばれたの?」

「はい、キスしてるのバッチリ見ましたから」

キスされて顔が真っ赤になった初音さん、そしてその顔を嬉しそうに見る初音さんの想い人を思い出す。

大丈夫、あの二人なら。

あの時何故かそう思えた。そう思った自分に少し戸惑ったが、私は納得したのだった。

「初音さん、キレイだった…」

初音さんとその相手の目が合った瞬間、初音さんは華やかに笑った。それを見て私は納得したのだった。

「よかったわね」

桜さんは優しく微笑んだ。

「はい」

「そういえば、男言葉のほうはどう?」

「ツライです」

「だよねぇ」

『オレ』じゃなく『私』と何回か言いそうになった。

「まあ慣れよね、慣れ」

「そうですよね」

思わずため息をつく。

「お姉さん、ひとみちゃんの男言葉聞きたいなぁ」

上目づかいで私を見る桜さん。

…かわいいけどやりませんよ、私

「嫌です」

「ええ。この私が頼んでるのに?」

「……嫌なものは嫌、なんだよ」

棒読みで仕方なく言ってみた。雇い主の機嫌を損ねるわけにはいかない。

「ぎこちない!もう一回!!」

「嫌ですよ」

「ケチ!!」

ケチで結構ですよ!かなり恥ずかしいんですからね!!

そんなことを心の中で叫んでみる。

「アンコールにはきちっと応える、それが一流ホストよっ!!」

「今はただの狛ひとみです」

「仕方ないわねぇ」

桜さんはため息をつくとソファから立ち上がり、仕事用のデスクの上にあった箱を取ると再びソファに座った。

中身は、

「…何ですか、これ」

「これ?見ての通り服よ」

そんなことは、わかってますって!

「私と飲みに行きましょ」

「それはいいですけど、この服ってどっからどう見ても…」

「男ものよ」

「…デートってことですか?」

桜さんは答えず、ただにっこりと笑った。

狛ひとみ、本日二回目のデート決定。……神様のイジワルっ!!


「なーんか、桜さんにイメージじゃなよなぁ」

「そう?」

桜さんが連れて行ってくれたのはなんと居酒屋!お嬢様のような桜さんが来るとは思わなかった。

「ここ結構来るわよ、私。ねぇ、(いく)ちゃん」

「郁ちゃん言うなよ」

店主の郁ちゃんこと奥田郁さん(♂)は桜さんとは高校の同級生だとか。

「え~。…まあ、いいわ。そういえばあの子とはどうなったの?」

ニヤリと笑う桜さん。奥田さんはそっぽを向くとボソッと言った。

「……うまくいったよ」

「あら、よかったじゃない。今日は来ないの?」

「残業があるから遅く…ってなんで俺は和泉に報告してんだ!?」

「頼られてるわぁ、私って。ね、ヒトシ」

「そ、そーだな」

一応返事をした。

「ヒトシ君、変なこと言わないでよ!俺はこいつを一度も頼ったことはない!!」

「失礼ね、全く」

そう言って肩をすくめる桜さん。奥田さんはため息をついた。

「郁ぅーーー!!!」

「げ、次は姉ちゃんかよ」

奥田さんの視線をたどると店の奥のほうに座っていた女の人が手を挙げていた。

「……ゆっくりしていって」

奥田さん、色々苦労してるんだなと、少々同情してしまった。

「ヒトシって今一人暮らし?」

「ああ、一年ぐらい前から」

もう少しで一年経つ。

「家出?」

「そうだよ」

「お見合い、逃げたんでしょ?たしか」

大和さんが言ったのかな?

「ええ、そうですよ。私に何も言わず、私の意志を無視した両親に腹が立っちゃって」

男言葉が抜くけてしまったが気にしないことにした。桜さんは「そうか」とつぶやいた。

「家を出て後悔してないの?」

「してませんよ」

「そっか。今は楽しい?」

「楽しいです。自由ですから」

家にいた時は色々なものに縛られていた。けれど家を出てからそれがなくなり、日常が楽しいとしっかり感じるようになった。

「それに友達や『イノセント』の皆さんがやさしいから」

「それならよかった」

桜さんは安心したように笑った。もしかして、心配してくれていたのいたのだろうか。

「大和から聞いて少し、気になってたのよ」

「すみません」

「謝らないで。仲間なら心配になるでしょ?」

「仲間?」

「そ、仲間。ひとみちゃんも『イノセント』の仲間よ」

そう言って桜さんは私にウィンクをした。

素直に嬉しいと思う。『イノセント』に入ってまだ日は浅い。なのにもう仲間と言ってもらえることが嬉しい。

「んで仲間のひとみちゃんに相談」

「え?」

「私の相談に乗ってほしいのよ」

「いいですよ。桜さんにはお世話になってばかりですから」

「ありがと」と桜さんは笑った。それからすぐ真顔になる。

「実はね私、好きな人がいるの」

「片思いですか?」

「ええ」

そう言った桜さんは寂しそうな顔だった。

「これでも私ね社長令嬢なのよ」

「え、桜さんも?」

お金持ちそうだとは思っていたが、社長令嬢とは…。私もだが、過去の話だ。勘当されたから。

「『イノセント』の関係者で知ってるのは今のとこひとみちゃんだけよ。だからあの人も知らない」

「もしかして『イノセント』の関係者が好きなんですか」

そう言うと桜さんは頷いた。

「言いたくても、言えないんだ」

「何故?」

「社長令嬢っていうのはね、恋愛にはお荷物になるんだよ」

桜さんはとても悲しそうだった。私はなんとなく悟ってしまった。

「過去になにかあるんですね」

「ええ。過去に付き合っていた人に言ったのよ。言っても大丈夫と思ってたから。けれどね、皆、態度が変わった」

桜さんはうつむいた。

私はどうやったら桜さんの悩みを少しでも軽く出来るのだろう?

「怖いの。その人の態度が変わったらどうしようって」

「…私、あまりいいアドバイス出来ないですが、桜さん、怖がってたら進めませんよ」

桜さんは顔をあげて私を見た。私は優しく微笑むことができているだろうか?

「その人を信じないと、始まりませんよ。きっと」

桜さんはほろりと涙を流した。


「うー」

思わずビクッとなる。声の発せられた方を向く。隣で寝ている桜さんが唸っただけだった。

あの後桜さんは「今日は飲む!」と高らかに宣言をし、そして見事飲みまくった。

「あちゃー、和泉つぶれた?」

「見ての通りです」

私はため息をついた。

「大変だね、君も」

「そちらこそ」

奥田さんはその言葉にうなずくと、ため息をつく。

「タクシー呼ぼうか?」

「…桜さんの家、分からないから店に電話しますから大丈夫です」

私はそう言うとポケットから携帯を取り出した。そして店にかける。3コールで誰かが出た。

『はい』

「ヒトシです」

『ああ、ヒトシ。どうしたの?』

出たのはヤスシさんだった。

「桜さんがつぶれちゃって。送りたいんで、桜さんの家知っていたら教えてくれますか?」

『桜が?』

ヤスシさんは驚いているようだった。電話越しだから本当に驚いているか分からないけれど。

『ヒトシ、今どこ?』

「え、えっと」

今いる居酒屋の名前と大体の場所を伝えた。

『そこに行くから待ってて』

「え?ちょっヤスシさん?」

電話は切れていた。

早いよ、ヤスシさん。…というか今はちょうど営業時間じゃなかった?

「なんて言ってた?」

「待ってて、だそうです」

「ん、分かった。…ところで君さ、」

「はい?」

「女、だよね?」

「……」

しまった。桜さんに気をとられていて、男言葉にするの忘れてた…。

「沈黙は肯定ととっていいか」

「…はぁ」

奥田さんは私を見てしてやったりという感じで笑った。私はため息をついた。

「郁さん」

声の方を向くと可愛い女性がいた。

「葵、いらっしゃい」

葵と呼ばれた女性は奥田さんに呼ばれると嬉しそうに笑った。そして奥田さんはその女性を私の隣の席を勧めると私を何故か紹介した。

「こいつは『イノセント』のホストのヒトシ君な。ちなみに女」

「え、女の子!?」

「えーと、狛ひとみです。訳あってホストしてます」

「あ、立花葵です」

ペコっと頭を下げる立花さん。思わずこっちも頭をさげた。

「えっと、ひとみちゃんでいい?」

「…こんな格好なんでヒトシでお願いします」

「ヒトシ君ね。ごめんね、私最初に見たとき中性的な男の子だなって思っちゃった」

「気にしないでください」

そうは言ったが内心かなり複雑だ。安心したような、悲しいような。とほほ。


「桜」

立花さん、奥田さんと話をしているとヤスシさんがやってきた。

「ヤスシさん」

「桜、どれくらい飲みました?」

「…ビール瓶を1.5本程度」

奥田さんがそう答えるとヤスシさんはため息をついた。

「全く…」

そう言うとヤスシさんは桜さんを横抱きにして持ち上げた。

おお、生お姫様抱っこ!!

「僕が連れて帰るよ。ヒトシには悪いけれど僕の代わりに店に戻って」

有無を言わさないオーラが出ている気がする。私はついすぐさま首を縦に振った。

「…桜、なんでこんなに飲んだの?」

「やけ酒かと」

「そう」

ヤスシさんはそう言うと店から出て行った。

「?」

なんか、ヤスシさん変だったような…。

「ヒトシ君、店に戻らなくていいの?」

「あ…」

さっきとっさにうなずいちゃったんだった。…ん?ということは

「残業決定!?」

あんまりだぁ!!

「お前も苦労するな、ホント」

奥田さんが同情したように言った。




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