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晴れのちのこと

「あ、晴れた…」

まるで私の涙のよう。空は雲から太陽が顔を覗かしていた。

「初音さんの心みたいだ」

そう言って笑った笑顔は、太陽より眩しかった。







晴れのちのこと







「はぁ」

何回目のため息だろうか…。仕事中なんだけど、止まらないんだよなぁ、これが。

中野初音、26歳。外見、スタイルともにいたって普通。世の中にありふれている平凡な人間。

…自分で言って悲しくなるなぁ。

「はぁ」

「中野、お前一体、何回ため息ついてるんだよ?」

「私は後悔してるのよ」

「はぁ?」

私を呆けたように見ているのは同僚の長田一慶。

「あー…やっぱ、やめときゃよかった」

ガンっと机に頭をつけた。

「俺、話が見えねぇんだけど」

「見えなくて、いいわよ…」

長田の顔をチラッと盗み見る。訝しそうな顔をしていた。

「やっぱ、一時的な感情って怖いわぁ~」

「…全く話が見えねぇ」

「見えなくてよし」

特にあんたには!!

長田に片思いすることもう3年。私ってこんなに一途だったんだぁ~なんて感心しちゃうほどだ。さっさと諦めればいいものを、懲りずに3年も想ってたりする。

「はぁ」

「また、ため息」

長田はあきれあように笑った。私は肩をすくめる。

「あ」

机に置いておいた携帯が鳴った(といってもちゃんとマナーモードにしてあるからバイブ音だ)。画面を見るとメールだった。宛先人は……。

「げっ」

来ましたよ、ついに来ちゃいましたよ!!

「何だよ『げっ』って」

「な、何でもないです!!」

出張ホストのデートの相手からなんて言えるかぁ!!



「あ、雨」

ついさっきまで晴れていたのに…。まあ、雲行きはちょっと怪しかったけど。

只今日曜日の午前10時。××駅前でデートの相手を待っている。

「ちょっと早かったかな?」

ちょっと一人つぶやいた。しかし、デートの相手ってどんな人だろう?アフターとか狙われたらどーしよう!……って平凡な私に限ってそれはありえない。そう、ありえない。

「中野初音さん?」

「あ、ハイッ!」

いきなり声をかけられたので驚いて思わず大きな声を出してしまった。…失態だ。ため息をついてからゆっくりふりかえる。そこには中性的な顔をした美少年(美青年かな?)が立っていた。

「初めまして。本日は『brilliant lady』をご利用いただきましてありがとうございます。担当のヒトシです」

にこっと笑うその笑顔、素敵です!…って

「初めまして。中野初音です」

ぺこりと頭を下げた。するとクスクスと笑う声。

「そんなにかしこまらなくていいよ。オレ、実は初デートなんだ」

「ええ!?……余裕そう…えぇっと」

「ヒトシでいい。オレは初音さんって呼ぶな」

なーんか照れるなぁ。

「さて、初音さん希望のデートは?」

「…ありふれてていい?」

「オレ初めてだからありふれてるとかわかんないから大丈夫」

そう言って笑うヒトシ。なんかヒトシの笑顔って安心できるなぁ。

「じゃあ、初音さん希望デート、始めようか?」

ヒトシは私に向って手を差し出した。私はおそるおそるそれに手を乗せた。

「デートの醍醐味、だろ?」

そう言ってヒトシはやさしく私の手を握った。

なんか、緊張してきた。

「最初の場所は?」

「…映画館」

「いいね。何見る?」

私は今流行っている映画の名前を告げた。ヒトシはにこっと笑う。

「ちょうどよかった。オレもどんなのか興味あったし」

「本当?」

気を使ってるんじゃないの?

「疑ってるでしょ?オレのこと?」

「え!?」

クスクスと笑うヒトシ。

「図星だった?初音さん、全部顔に出てる」

私は慌てて自分の顔を押さえた。

「ホストだからって疑うのは偏見だよ、初音さん」

「…ごめんなさい」

「気にしないで。大抵の人がそう思うのは当然。じゃあ、映画館行こうぜ」

私を労わるように笑うヒトシの笑顔はやっぱり安心してしまうな。なんてぼんやりと考えた。



「楽しかったぁ~」

「そりゃあ、よかった」

映画館で私たちは映画を見た。話題になるだけあって、やっぱりおもしろい内容だった。

「しっかし人、多いな…」

そりゃあそうだろう。最近できたばかりのショッピングモールなんだから。

「ヒトシって人ごみ、嫌いなの?」

「あー…、まぁ、そうだな。なんか動きづらいからあんま、好きじゃねぇかも。初音さんは?」

「うーん。私もあんまり好きじゃないなぁ。うまく呼吸が出来ないような感覚になるから」

「わかるな、それ」

なんだ、意外といい雰囲気じゃない。ホストって聞いてちょっと身構えていたけど…。ヒトシがホストっぽくないからかもなぁ。

「お…雨、また降り始めてるな」

「ん?ああ、ホントだ」

入口の外は雨が降っていた。

「もうちょい、ここでブラブラしてるか」

「そうだね。カフェでもいかかでしょうか?」

「いいね。賛成」

私とヒトシは顔を見合せて笑った。



「へぇ、初音さんそんな仕事してるんだ」

「うん、まあね」

私はコーヒーを飲む。意外とおいしい。

「……初音さん、好きな人いねぇの?」

思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。ヒトシはクスクスと笑っている。

「やっぱりわかりやすすぎ、初音さん」

「そんなにわかりやすいの?」

「うん」

即答か…。がっくりと肩を落とす。

「相手は後輩?それとも上司?」

「同僚。3年間ね…」

少し自嘲気味に笑う。

3年も想い続けているくせに、なぜ想いを伝えようとしないか。簡単なことだ。長田には彼女がいるからだ。3年間に何人の娘が長田と付き合ったんだろう?女が必ず切れないあいつはきっと今も彼女がいるに違いない。

「さすがに、3年も想い続けると疲れちゃって。諦めようと思ってる」

「…初音さんはそれでいいのかよ?」

「うん…」

ヒトシはため息をついた。

「諦めようと思うなら、泣くなよ」

「え…」

私は頬に手をやる。濡れている。いつの間にか私は泣いていたんだ…。

「あのねぇ、初音さん」

ヒトシはため息をつくと言った。

「何もやってないのに諦めちゃいけねぇだろ」

「……」

「寂しい気持ちを埋めるためにオレたちホストを使うのは別にいいけどさ。けど、何もせず、諦めるために利用しちゃいけねぇとオレは思う」

そう言ってヒトシはふんわりと優しく笑う。私はなんとなく、女友達に相談しているような気持ちになった。

「…まぁ、いい結果になると思うぜ」

「?」

私が首をかしげるとヒトシは意味深に笑った。

「内緒。…お」

「あ、晴れた…」

まるで私の涙のよう。空は雲から太陽が顔を覗かしていた。

「初音さんの心みたいだ」

そう言って笑った笑顔は、太陽より眩しかった。

「私の心か…。ヒトシ」

「ん?」

「私、諦めないで頑張ってみる」

「おう、頑張れ初音さん。さてと、オレは帰りますかね」

「え?」

終了予定時刻までまだあるのに?

「あとでちゃんと精算しとくから安心して」

「何で途中でやめるの?」

ヒトシはにやりと笑った。何か企んでいるようなそんな顔。

「邪魔者は消えるべきだろ?初音さん、縁があったらまた会おうな」

「邪魔者?」

さっぱりわけがわからない。

考え込んでる私にヒトシは不意に頬にキスをした。

「!!」

「じぃと見てないで、いい加減出てきたらどう?」

ヒトシは私の背後に向って言い、それからにっこりと笑うと店から出て行った。

…女性を置いていけぼりにする?普通?

少しむっとした。けれど、なんとなくおかしくなってきて、笑ってしまう。ホストらしくないホストだった。

「…また、会いたいかも」

今度はゆっくりと色々な話をしてみたい。よくわからないけれどそう思った。

私は一つうなずくと、コーヒーを飲んだ。

「随分と楽しそうだったな」

目の前に座った人物を見て思わずコーヒーを吹き出しそうになった。

「な、長田っ!?」

長田はかなり不機嫌そうな顔をしている。私は軽く…いや、かなりパニックを起こしていた。

「なんでいるのよ!」

「店でコーヒー飲んでたらお前たちが入ってきたんだよ」

「え」

気付かなかった。

「気が付いてなかったろ?」

「……」

「やっぱりな。………中野」

「な、何よ」

真剣な顔をしている長田。思わずドキッとする。

「お前、俺のこと好きなんだって?」

頭が真っ白になった。

「あ……の…」

聞かれてしまった。ヒトシには頑張ると言ったがやっぱり無理だ。怖い。

目の奥がツンとした。視界が滲む。

「何で泣きそうなんだよ?」

「ごめん、迷惑でしょ?あのさ、気に、しないで」

そう言って私は無理矢理笑顔を作った。うまく笑えているだろうか?

長田はため息をつくと身を乗り出し、私の頬に手をやった。思わずビクッと体が震える。

「諦めないんじゃなかったのか?」

チラッと長田を見る。長田は怒ったような顔をしている。

…なんで怒ってるの?

「俺のこと好きなんだろ?」

「…うん」

私はうなずいた。長田ははぁっとため息をつくと私の頬から手を離した。

あーあ、ついに言っちゃた…。

私は後悔した。もう少し、ただの同僚でいたかった。

「だーかーらー、何で泣きそうなんだよ!」

「だって…」

あなたは私のこと何も思ってないんじゃないの?私の気持ちに応えてくれないんでしょ?

「お前、何か勘違いしてね?」

「…は?」

意味が分からない。

「あのなぁ、一人で勝手に決めるなよ。……中野、俺もお前のこと好きだよ」

「え」

目の前の人は何と言ったのだろうか?頭がうまく働かない。

「その顔だとわかってねぇだろ。だから俺はお前のことが好きなんだって。わかったか?」

「…嘘」

やっぱり、うまく頭が回転しない。

長田はため息をついた。

「嘘じゃねぇって。そうでなきゃ、お前らのこと気になってわざわざ席移動しねぇよ」

「……」

そんなことしたんだ。

しかし、長田が私のことを好き?信じたい、けれどイマイチ信じられない。もしかして、これは夢とか…?

私は自分の頬をつねってみた。

「夢じゃない…」

長田はそんな私を見て苦笑した。とたんに恥ずかしくなった。

26にもなってなにやってんのよ、私!!

「いい加減、信じろよ」

「私で…いいの?」

いたって普通の私なんかで。

「お前がいいんだよ。俺と付き合ってくれるだろ?」

私は大きくうなずいた。



晴れのち曇りのち雨のち晴れ。

それは今日、ヒトシとデートをし、長田と両想いになった日の天気。この日の天気は3年間の私の心のようだ。

恋をして、悩んで、涙を流して、結ばれた。

ヒトシは長田に気付いていたからあんなことを言ったのかな?



「お前さ」

「何?」

隣にいる長田を見上げる。何故か不機嫌そうな長田。

「あの男にキスされてただろ?」

「あっ」

すっかり忘れていた。頬にキスをされていたんだった。

「いや、彼ホストだし」

「それでもゆるさねぇ」

「えーと、長田?」

「一慶だ。アイツは呼び捨てにするのに俺は名字で呼ぶのか?」

「いや、その…」

なんだか、照れくさい。

私は長田から視線を外した。

「覚悟しろよ」

「え?」

長…一慶はニヤリと笑った。背中に冷たい汗が何故か流れる。かなり嫌な予感がする。

「今まで焦らされたぶん、取り戻す」

「!」

きっと私の顔は真っ赤だろう。誤魔化すために質問をした。

「今までって?」

「3年分だよ」

それって…。

私が言おうとすると一慶はやさしく私にキスをした。







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