指だけでは手遅れ
「キレイですね…」
つないでる手があたたかい。
「ああ」
でも手、指じゃ足りない。もっとちゃんとしたぬくもりが欲しい。
指だけでは手遅れ
桜さんの命令により、何故かオレはデートをしなければならなくなった。
デートの相手は明日から店で働く新人ホスト(女)。確かにあいつ美人だったけどさ、何故ホストにする?と桜さんに疑問を持った。
「すみません、待たしてしまって」
「…別に」
そいつは先ほどの男が着るような服ではなく、ちゃんと女らしい服に着替えていた。…といってもコートをはおっているからどんな服かはわからないが。
「何所に行く?」
「え”、私が決めるんですか?」
「そりゃそうだろ」
うーんと考え込むひとみ。
「ああ、そうだ。ひとみって呼ぶからな」
「えぇ?!」
「デートなんだから当たり前だろ」
「そう…なんですか?」
「そうなんだよ。んで、何処にすんだよ?」
そう言うと再びひとみは考え込んでいる。…てか、考えてなかったのかよ。
しばらくしてひとみは言った。
「じゃあ、遊園地」
「遊園地ね。OK」
オレはひとみに手を差し出した。ひとみは首をかしげる。
「デートといえば手をつなぐ、だろ?」
「えぇ!!」
驚くことか?ひとみは恐る恐るオレの手に手をのせた。オレはその手をぎゅっと握る。
「行くぞ」
「あー楽しかった!!」
「そりゃ、よーござんしたね」
こいつ、スピード狂か?
遊園地についてから、絶叫系しか乗っていなければそう思わずにいられないだろう。
変な女。今までに全然いないタイプだ。
「ヤマトさん絶叫系大丈夫なんですね」
「当たり前だ」
女じゃねぇんだから。
ひとみは手をつなぐことに慣れたらしい。その証拠に彼女もオレの手をぎゅっと握っている。
「ですよね」
「聞きたかったんだけど、なんでホストになったわけ?」
「あ……」
ひとみの顔が引きつっている。オレは訝しげにそれを見た。
なんか後ろめたいことでもあんのか?
「……お金に負けました」
ぼそりと言うとひとみはため息をついた。
「金に負けた?」
「私、親にカンドーされてるもんで、なんとか生活費を自分で稼がないといけないんですよ」
「あぁ、なんでこう不幸が多いんだろ…」と彼女は呟いた。こいつ、苦労してるんだなと思った。切実に。
「そのカンドーの理由は?」
人を詮索するのは好きじゃない。だがなぜか今日のオレはどこか、おかしい。こいつ、ひとみのことが何故だか気になる。
「………お見合いの席をめちゃくちゃにして逃げたから」
しばらく黙っていたひとみだが、ふぅため息をつくと観念したように言った。
「お前、何歳?」
「あ、そういえば言ってないですよね。私、19です」
19でお見合い…。
「社長令嬢か?」
「違いますよぉ」
怪しい。その否定の仕方、怪し過ぎる。顔ひきつってるし。……まぁ、話したくないなら聞かねぇけど。
「ヤマトさんはいくつなんですか?」
「オレ?22」
「ってことは、…大学生ですか?」
「そういうことになるな」
日が完全に暮れ、辺りは暗い。それに寒くなってきた。吐く息が白い。
「冷えてきましたね。最後にあれ、乗りません?」
「いいけど」
ひとみが指さしたのは観覧車だった。
「うわぁ、久々!」
ひとみは子供のように喜んでいた。思わず笑ってしまう。
「ヤマトさんって無愛想ですよね。初めて笑うとこみたし」
「ん?まぁな」
客に愛想使いまくってるから他では無表情になることが多い。
「もったいないですね。もっと笑えばいいのに」
ひとみはオレの向い合わせではなく、隣に座っている。乗るギリギリまで嫌がっていたが諦めたらしい。手は相変わらずつないでいる。
今日のオレはやっぱりどこかおかしい。
「客の前ではきちんと笑ってる」
「営業スマイルじゃなくて、素の笑顔ですよ」
初めて会ったヤツとデートをして、普通に話して、手をつないで。
「失礼だな。オレはきちんと素で笑ってる」
手を握るのが好きではないオレが、こうして手をずっとつないでいたいなんて。
「ヤマトさん?」
「あっ、悪ぃ。ボーっとしてた」
「疲れてるんでしょう?なんかすみません。今日、付き合ってもらって」
「気にすんな」
ひとみは頷いた。オレたちはなんとなく外の景色に目をうつした。観覧車は頂上に近付いている。夜景が、キレイだった。
「キレイですね…」
つないでる手があたたかい。
「ああ」
でも手、指じゃ足りない。もっとちゃんとしたぬくもりが欲しい。
「頂上だ」
ひとみは嬉しそうに言った。オレはつないでいた手をはなした。
「ヤマトさん?」
訝しげにオレを見るひとみに笑うと、ぎゅっとひとみを抱きしめた。
「ヤッヤマトさんっ!?」
「小林大和」
驚いてるひとみにオレは本名を言った。
「小林…大和?」
「オレの名前。デートしてるのに名乗ってねぇと思って」
「それは、いいんですけど。あのぉ、放してくれませんか?」
「ダメ」
ひとみの体はあたたかい。ずっとこうしていたいなんてオレらしくないことを思った。
「デートの醍醐味、だろ?」
指だけじゃだめだ。手も体も。
オレはひとみの心が欲しい。ひとみの全部が、欲しい。
そう悟るのはもう少し先の話だけど。