定めえぬ未来だけ
「将来、ね」
私はため息をついた。
定めえぬ未来だけ
事の発端は大学のカフェテリア。たまたま将来の話になったのだった。
「ねぇ、真喜ちゃんって留学するんでしょう?」
「うん、一応」
里佳子が興味津々で「何で?」と聞いた。
「向こうには絵を修復する工房がたくさんあるから」
「へぇ」
そういえば、真喜は将来絵に携わる仕事がしたいと言っていたような気がする。
「そういう里佳子は?」
「んー私は決まってないなぁ。多分、何処かに就職するんじゃないかな。ひとみは?」
「え、私?」
いきなり話を振られて少し驚いた。
「私は…」
私は将来どうするんだろう?このままホストを続けるのだろうか(100%無理だけど)?それとも家に戻って結婚するのだろうか?…一番、あり得る。
「ひとみ?」
「まだ、わからないや」
「………将来か」
「将来がどうかした?」
「あ、すみません、コウさん」
心の声が言葉に出ていたようだ。コウさんは首をかしげている。
「大学で将来についての話になりまして、それで私はどうしようかなぁと考えてるんです」
「あー、将来かぁ」
「コウさんは、このままホストを続けるんですか?」
「オレ?」
コウさんはうーんとうなった。
「オレは多分いつか就職しようとは思ってる」
「ホスト、やめるんですね」
「まぁね。いつまでもホストではいられないし」
「確かに」
「やめると言えば、リョウはあと4ヶ月でやめるな」
「えっ!?」
私は驚いた。コウさんはクスクス笑う。
「驚いた?あいつさ、25になったら実家つぐんだと」
「そうだったんですか…」
知らなかった。って当然か。私がここに来て日は浅い。知らなくて当然だ。
「あ、あとヤマトは大学卒業したらやめるって。あいつ、授業料自分で払ってるらしい」
「……」
「カナトさんとヤスシさんは知らないけれど」
みんな、色々考えてるんだなぁ…。私と違って。何だかだんだん不安になってきた。
「まぁ、将来なんて簡単に決められないからね。何が起こるかわからないし。まだ大丈夫だよ」
「…ありがとうございます」
コウさんって優しいなぁ。
「コウ、桜が呼んでるぞ」
「あいよ。じゃあ」
コウさんは軽く手を挙げると部屋を出て行った。入れ替わりにカナトさんが入ってくる。そして私の向かいの椅子に座った。
「将来について悩んでるんだって?」
「聞いてたんですか?」
「聞こえたんだ」
同じような気が…。
「オレ、もう28だし」
「28っ!?」
「やっぱり見えない?」
カナトさんは苦笑した。
見えない!20代前半だと思っていた。
「もう就職はきついと思うわけ。だから」
「だから?」
「女社長をうまーくゲットして秘書にでもなろーかなーなどと考えてる」
絶句。私は思わず絶句してしまう。そんな私を見てカナトさんはクスクス笑う。
「冗談だよ、冗談。本気にすんな」
「冗談に聞こえませんよ」
「オレ、働いてるし」
「え?」
「これは本当」
「…何故ホストを?」
「親の入院費稼がねぇといけねぇから。まぁ、ばれたら会社クビだな、多分」
「ヤバイじゃないですかっ!」
「心配すんなって。きちんとオレの上司はてか社長はオレの事情知ってるしな。それに仕事してる時のオレ、こんなに華やかじゃねぇし」
自分で華やかっていったよ。…まぁ、事実だから否定しないけれど。
カナトさんは立って自分のロッカーに行き、中から鞄を取りだした。さらに鞄の中をあさって、眼鏡ケースを取り出す。
「?」
「こうすると…」
カナトさんは眼鏡をかけた。
「ええっ!?」
全く違う気がした。分厚い眼鏡をかけているからだろうか?…というか、漫画みたいに眼鏡あるないでこんなにも顔が違う人がいうんだな。ちょっとびっくり。
「な?」
カナトさんは驚いてる私を面白そうに笑いながら、眼鏡を外した。
「オレが遅れるのはそういう理由。言っておくけどオレ、仕事できるからからな」
カナトさんはたまに遅れてくる。それにそんな理由があったのかと私は驚いた。
「オレの場合、将来を考えてる暇なんて無かったな。ただどうやって親を養いつつ暮らしていくかで頭がいっぱいだったし。それに比べて、お前には考える時間がある」
カナトさんは優しく笑った。
「まだ時間があるんだ。ゆっくり考えろ。急がなくてもふといつか答えが出てくるから」
「いつか…」
カナトさんは頷くと椅子に座った。私は目を閉じて考えた。
今は見つからないかも知れない。だけどいつか、私は答えをきちんと見つけられるのだろうか?
「悩め。悩んだ分だけ答えが出る」
「カナトさんも、そうだったんですか?」
「さあ?どうだろーな?」
カナトさんは肩をすくめると意味ありげに笑った。つられて私も笑う。
「カナトさんって」
「ん?」
「ウチの兄貴より頼りになります」
「うわぁ、ひとみちゃんの兄貴可哀想!妹に頼りないなんて言われて」
「私の事になるとすっごくうるさいんです」
「…シスコン?」
「極度の」
カナトさんは苦笑した。
ん?兄貴といえば…。最近智からSOSメールこないなぁ。
「なぁ、ひとみちゃんって確か名字狛だったよな?」
「え?あ、ハイ」
「もしかして狛財閥のご令嬢?」
「!!」
狛財閥というのは高村コーポレーションを中心とした会社を統一する財閥。
「オレさ、高村コーポレーションで働いてるから」
「!?」
「ってことは峻史の妹ってお前か」
「兄貴、知ってるんですか?」
カナトさんはにっこりと笑う。私は脱力した。
よく考えれば、兄貴とカナトさんって同い年じゃん。
「ひとみちゃんも苦労するな。まぁ頑張れ」
「…はぁ」
絶対面白がってる!!
私はカナトさんをちょっと睨んだ。カナトさんはただにやにやと笑っている。
「世の中ってせまいねぇ」
「そーですね」
「棒読みだな。まぁ、いいけど。さてオレは帰りますか。じゃ、お疲れさん」
カナトさんはやっぱりにやにや笑っていた。
「……ひとみ?」
「あ、ヤマトさん」
カナトさんが帰ってからぼーっとしてしまった。いかんいかん。
「魂が抜けたような顔してたぞ」
「はははははは…はぁ」
最後はため息になった。
何で私の周りにはこうも癖のある人が多いんだろう!
「神様の意地悪」
「はぁ?」
ヤマトさんは不思議そうな顔をしている。私はさらにため息をついたのだった。
将来の目標:私の周りの問題がなくなり、静かになっていること。
とりあえず、将来のことが少し決まった。