着せられた服で望まれた笑み
空気にひびが入った気がした。気まずい。
「あー……よろしくお願いします」
気まずいのでとりあえず頭、下げとこ。
着せられた服で望まれた笑み
「……今月もきついなぁ」
生活費を計算した後に思わず出ちゃった言葉。
「バイト、増やすか…」
諦めてため息をつく。あぁ勉強時間が減ってゆく。
狛ひとみ 大学一年生。わけあって親に勘当され、ただいま独り暮らし中。そのため学費(先に一年分払ってあったので今はたいして苦でもない)、生活費を自分で働いて手に入れるしかない。
「あー、たんかきるの、やっぱりまずかったなぁ」
でも後悔はしていない。それに間違っていないはずだ、あの行動は……。
でもさ、
はぁ、と思わずため息が出た。あぁ幸せが逃げてゆく…。
「普通、勘当する?全く…ろくなことないなぁ」
ホント、私の人生ろくなことがない。
この言葉は後々ひどく痛感してしまうことになる。
あー、私の平和な暮らしは何処に行った!!
私は週に土曜日以外バイトをしている。いましているバイトはコンビニのレジだ。ずっと立っているのはめちゃくちゃきつい。
「はぁ」
おっと、またため息が…。ってまたあの人来てるよ。今日も立ち読みかなぁ?たまには何か買えよ!!
心の中で雑誌コーナーで立ち読みをしている男を罵る。…やつ当たりだけど。
再びため息をついた。
「あの」
「あっ、すみません」
いかんいかん。ちょっと自分に喝をいれてニコッと笑う。
……おぉ、美人さんだ。思わず魅入っちゃうよ。うわー、目ぱっちりしてる…うわっ、まつ毛長っ!…はっ!!
我に返り、気を取り直して会計をする。
「570円です」
女の人は1000円札を出したので、おつり430円を渡した。
「ねぇ、あなた」
「ハイ?」
いきなりおつりを渡した手をつかまれる。思わず驚いてしまった。女の人だけど、ドキドキしてしまう。
「仕事、いつ終わる?」
「……は?」
何言ってるんだこの人?
「いつ終わるの?」
「えっ、あっハイ。あと1時間後です」
勢いに負けて言ってしまった。女の人はにっこり笑うとこう言った。
「終わったら、ここにいらっしゃい」
さっとポケットから出した名刺を私に渡すと、女の人は満足そうに笑い、店を出て行った。
「……マイペースだ」
そう呟いてから私はもらった名刺を見た。
「……ホストクラブ『イノセント』?」
なんだかとんでもないことになっちゃった?
背中からいやな汗がだらだらと流れているような気がした。
「狛さん、さっきの人何?」
隣のレジで一部始終を見ていたであろう、松尾さんが興味津々な顔をして聞いてきた。面白そうにしているのが、ムカつく。
「知りませんよ」
「えー、ホントに?」
様子を見ていたらわかるだろうに。内心ため息をついた。
「ホントです。あんな美人さんな知り合いはいません」
私の知り合いには悪いが事実だ。
「そっかぁ。まぁ、頑張れ」
何をだぁ?!
はぁ、ホント、ろくなことない。
「あの…」
ドアを開けるときらびやかな世界が広がっていた。あぁ、なんて場違いなんだ、私。
「あれ?お客さん?悪いけどまだ開店してないよ」
うわっ、かっこいー。
「客というか、その…。」
店内をキョロキョロと見る。あぅっ、視線が痛い。
「和泉桜さん、いらっしゃいますか」
「うん、いるけど…。君、オーナーの知り合い?」
知り合いではないんです。と言おうとしたが、
「あっ、来てくれたのね!」
コンビニに来た謎の人、ホストクラブ『イノセント』オーナーの和泉桜さんが私の元に駆け寄ってきた。
「待ってたのよ♪」
「はぁ…」
私は正直来たくなかったです。とは言えない。
「来なかったら、毎日コンビニに通おうかな?なんて思ってたの」
今日来て正解かも。うん。
「こんなところじゃなんだから……こっち!」
ぐいぐいと手を引っ張られる。ホントにこの人、マイペースだなぁ。
和泉さんに引っ張れたまま連れていかれる。店の奥の奥まで連れてこられた。
「ここで話しましょ」
そういって和泉さんはドアを開ける。……わぁー、豪華な部屋。
和泉さんに中央にあるソファーに座るよう勧められた。
「あの、私に何の用ですか?」
「まあまあ急かさないの。あなたのお名前は?」
「えっあ、狛ひとみです」
「ひとみちゃんね」
和泉さんはにこにこ笑っている。
……なーんか、嫌な予感。
「ひとみならそうねぇ…。ヒトシとか良さそう」
「……ヒトシ?」
「ひとみちゃんの源氏名」
頭をがつんと殴られたような衝撃がはしった。
「もしかして……私を呼んだのって、ホストにするため?」
「ピーンポーン」
絶句した。
「コンビニで見たときに思ったのよ。中世的な顔立ちをした男の子っていっても通じそうだし、身長が女にしては高い。パーフェクトよ!!」
ぐっと親指を和泉さんは立てた。私は頭の中がパニック状態だった。
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!ホストって男がなるものでしょ!!」
「そうね」
「私、女なんです!」
「No problem.」
キレイに発音する和泉さん。
「いや、でも…」
「1ヶ月で100万稼げるわ」
「1ヶ月100万……」
今の生活は正直、苦しい。1ヶ月100万あるのなら…。いや、だめだ。けど、100万……。
「……何をすればいいんですか?」
結局、お金のほうが勝っちゃいました…。あぁ、情けない。
「今度からうちの店、出張ホストをすることになったの」
「出張ホスト?」
「予約していただいたお客様とデートしてもらうの。低コストでね」
「デートぉ!?」
思わず素っ頓狂な声がでた。
「簡単でしょ?」
「簡単ですけど…」
私、一度もデートしたことがないんですが?
「もしかしてデートしたことない、とか?」
「うっ!」
図星ですよ。
和泉さんは満面の笑みで頷いた。
「ピュアなのね。さらに気に入った!」
和泉さんは立ち上がると紙袋を私に渡した。
「着替えてきてね」
「和泉さん、これ…」
「キャー!ばっちりね!!ほら、笑って!」
「バッチリすぎて怖いです。なんで私のサイズ知ってるんですか?!」
「ん?カン?」
「…」
もうこの人はほおっておこうと決めた。
「さぁて、皆に挨拶しないとね」
「……皆?」
とても、とてつもなく嫌な予感が…。
「そう、皆。ほら、行くわよ!」
そう言ってぐいぐいと私の腕を引っ張り、強制的に歩かせる。私は抵抗しても無駄と悟り、おとなしく従った。
「皆、注目!!」
再び、あのきらびやかな世界に戻ってきた。
あぁ、視線が痛い……。
「あれ?桜さん、そいつって…」
私が店に入ってきた時に出てきた人だ。眉間に皺寄ってる…。
「狛ひとみさん。今度から『brilliant lady』のホストになったのよ」
空気にひびが入った気がした。気まずい。
「あー……よろしくお願いします」
気まずいのでとりあえず頭、下げとこ。
「桜、そいつって女だよな?」
黒髪のきれいな(もちろん顔もかっこいい)男性が聞いた。和泉さんはにっこりと笑う。
「Yes!」
「正気か…?」
「ひどいなぁ、カナト」
カナトさんとやらは肩をすくめてからじっと私を見た。その強い眼差しに思わず一歩下がる。
「おいおいカナトさん。睨んでるように見えるぜ」
「品定めしてただけだ、コウ」
コウさんとやらはふぅーん、と言うとくるっと私のほうを向いた。
「狛ひとみちゃん?」
「はい?」
「オレ、コウ。よろしく」
コウさんはそう言うと右手を差し出した。握手を求めてるらしい。私はそれに応じた。
「髪、うまくまとめれば男にみえるかもしれないね」
「でしょ?さっすが、ヤスシ」
「光栄だよ」
ヤスシさんとやらはなんかものずごく落ち着いた人だ。物腰も柔らかい。本物の大人って感じ。
「というわけでひとみちゃん、いやヒトシのことよろしくね」
和泉さんはやけに威圧感のある笑顔で言った。黙って頷くホスト達。
和泉さんって最強なんだな……。
「では解散。あ、No.1~No.5は残ってね」
No.1~No.5?何だそれは?
私が首をかしげている間にホスト達は店の開店準備にとりかかに戻った。その場に残ったのは5人。
「ヒトシ、この人達がこの店のNo.1~No.5でーす!」
「…No.1~No.5」
そういうことか。売れてる5人ってことね。
「こいつがNo.1のヤマト」
ヤマトさんはサラサラの茶髪。耳にはピアスが左右二つずつついている。めちゃくちゃカッコいい。顔なんか整い過ぎだ。
「えっと、よろしくお願いします」
「…ああ」
ヤマトさんは一言だけ言うと私から興味が失せたように視線をそらした。
No.1なのに無愛想だなぁ。
「こいつがNo.2のリョウ」
「よっ!」
リョウさんは銀髪のウルフカット。何故かそれがばっちりと似合っている。この人も、というよりNo.1~No.5は全員カッコいい。
「こいつが知っての通り、No.3のコウ」
コウさんは人懐っこそうな人だ。笑顔がとっても似合う。髪は金髪。
「こいつがNo.4のカナト」
「よろしく」
カナトさんはヤスシさんとは違った大人な雰囲気を漂わせている。5人の中で一番背が高い。
「そしてNo.5のヤスシ」
「よろしくね」
やさしい笑顔に安心する。
「よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた。
「さてと、自己紹介も終わったし……。ヤマト」
和泉さんがヤマトさんにおいでおいでをする。ヤマトさんは黙って和泉さんの方に寄る。
「ヤマト、あんた今からひとみちゃんとデートしてきなさい」
「……」「……」
神様、私に普通の暮らしを与えてください。お願いですから…。