短編No2
駅前の家電量販店、浦田電器エアコン部門のエースのロシア人、アンドレィ・コンスタンチノーブナ・ユーラはある悩みを抱えていた。彼は非常に有能な販売員であり、彼の業績は店内の誰も超えることはできなかったし、上半期だけで彼のボーナスは200万円を越そうかというほどの勢いでもある。
彼はエアコン部門の巨人として名実ともに浦田電器に君臨していたし(彼の身長は190センチだ)、誰もが彼を認め、賞賛し、尊敬すらしていた。
二年前のことだ。彼が浦田電器の門戸を叩いた時、誰もが怪訝な顔をした。つぶれた金髪は胡散臭さを放っていたし、何より28歳の新卒という肩書が怪しかった。大学院を出たと履歴書には書いてあったが誰もが彼を疑った。祖国に送金するために経歴を偽装するいじらしい外国人のイメージは即座に固まり、固定観念として浦田電器の店長以下8名の心の中に深く定着した。
しかし彼はそんじょそこらのロシア人ではなかった。彼にとってエアコン販売はうってつけの天職だったのだ。北の永久凍土で鍛えた暖かいコミュニケーション能力、そしてその人目を引く容姿。最初のころこそ目がKGBだったので客がハンズアップしてヘルプなどと言い出す事件が多発したものの、それも時間が解決してくれた。
つまり、よくなじんだ異郷の者、ユーラの居場所は浦田電器の一角にしっかりと確保されていたのだ。
にもかかわらず彼が悩みを抱くのにはある深い事情があった。
そう、彼は、変態だったのだ。
ユーラが通常の業務を終了すると毎日通う地下クラブがある。その名は「アルプスの少女ハイジ」。入口近くに書かれているアルプスの少女は手首に注射器をつっ立てて涎を垂らしている。
そこでは夜な夜なM男選手権が開かれていた。
M男。女王様に鞭うたれる事を望む者たちの総称である。刺激を求め、満ち足りた毎日に飽きてしまったユーラはSMクラブに通うのだった。
M男選手権の概要は、M男が女王様の前にはいつくばり、プレイをしながら如何に醜い豚で有れるかを競うというものだ。ぶひいい。そんな芸のない鳴き方では女王様に無視されてしまう。そこでユーラは祖国で覚えたドストエフスキーの小説を日本語で暗誦するという高度な被虐方法を実践している。
【一つの微細な罪悪は百の善行に償われる】
というわけで彼は日中に行った100の尊い労働をこの地下クラブで灰燼に帰す毎日を送っているのだった。
ある日、クラブ一番人気の女王さまがやってきた。
「ユーラとやら、おまえがあの浦田電器のエースだということはみんなが知っている」
いきなりユーラの社会的立場は危急存亡のときを迎えた。考えてみればこのクラブに白人はユーラ一人だけ。しかもこの街のものなら誰もがユーラからエアコンを買っているといっていい。顔に見覚えがあるとか、声に聞き覚えがあるとか、そんな薄い関係ではない。ユーラの営業トークは人間関係を根底から築き上げる、詐欺師も宗教屋も真っ青の非常に高度なものだ。誰もがユーラに親しんでいるのだ。
「お前にはノーマルになってもらいたい」
かくして、ユーラはM男から更生するために訓練を受けることになった。女王様がM男をやめるべきだと言ったらそうするのが道理というものなのだ。根本的解決は一切なされないまま、ユーラの更生プログラムは進行した。
まず、ハイヒールを見た瞬間仰向けに這いつくばる癖を直すことから始まり、ついには女王様を見ても息を荒げずにいられるようになった。そんなこんなで、ユーラは立派なノーマルな男になったのだった。少なくとも、外から見れば。
しかし、彼は根っからのM男である。女王様がそう願っているからノーマルな挙動を身につけただけであり、変態的な気質はまったく変わって居ないのであった。
かくして、ユーラが地下クラブを卒業する日が来た。SもMも誰もが彼の社会復帰を祝福した。シャンパンのコルクが飛び、ユーラの大好きなウォッカが大量に用意された。
誰もが彼のシャバへの旅立ちを祝福した。ユーラ自身も心から自分がノーマルな挙動を行えるようになったことを喜んだ。それが女王様の願いであったから。
地下クラブに通わなくなっても、ユーリはノーマルで有り続けた。仕事に一層精を出し、同僚とも良好な関係を築き、上司からは重用され、客は誰もが満足して買い物を終えた。浦田電器のエアコン部門は町の主要な井戸端会議の開催会場になることもしばしばであり、ユーラという名のロシア人が町の人々を繋ぐ重要なクロスポイントとなって行ったのは誰が見ても明らかだった。浦田電器は彼の働きによって規模を30倍にし、店員は240人を抱えるマンモス電器量販店となった。エアコン部門は地上一階を占領し、周辺にソファーやカフェを配置して、ユーラが中心のサロンの様相を呈した。ユーリが名誉市民の表彰を受けるという話になっても、殆どの人は驚きもせず、ああ、ユーラならば、と納得したものだ。
そんな風に、ユーラが社会的役割を果たしている最中。エアコン部門に足を運ぶ黒い人影が監視カメラに映った。それは女性だった。黒い大きなサングラスをかけて、全身黒のビジネススーツに身を包んだ彼女は、いつかの女王様だった。もちろんそんなことは誰にもわからない。ボンテージに身を包んでいない女性は女王ではないのだ。
「よく我慢したわね」
女性はスーツを脱ぎすてた。彼女の体にはボンテージが張り付いている。
ユーラはブリーフ一枚になった。
そして衆人環視の中、激しいSMプレイが始まった。
突拍子もない展開を描こうとしました。
しかし、そんな風に話がぶっ飛んで楽しいのは、自分がキャラクターに親しんでいるからで、読者の方はそうでないということに気が付きました。
と、いうわけで、感情移入してもらうために人物を書き込むようにしようと思いました。




