バス停にて
仕事帰りのバス停。
隣の中年男がずっと携帯で電話してる。
「なに?俺、これからバス移動なんだよ。一時間後に掛けなおしてくれる?…急ぎ?それ先に言えよ。散々無駄話しといてさー。…うん、じゃあ手短かに」
なんだよ。今までのは前振りかよ。
なげーよ。
「…うん。…うん。…バカ、それじゃ先方の部長も怒るよ。…そりゃそうよ。だって俺が部長の立場でもおんなじこと言うぜ?」
っせえなあ。声がでけえんだよ。声が。
「…おう、おう。…わかったけどぉ!そんなの、菓子折りのひとつも持ってさあ、誠意を持って謝れば許してもらえっからさ。…もちろんもちろん。納期は大前提だよ。…ああ」
あーもう、煙草の煙がこっち来て、ホントうざい。
「そりゃ、一緒に謝りに行くのはやぶさかではないけれども…」
うそつけ。
「怖い?怖いって…子供か!…おまえさー、社会人なんだからさー。しかも、お前もう四年目だろバカ」
お前が言うな。
いい大人が、今どきバス停で煙草吹かしてんじゃねえよ。
「うん…え?土下座しろって言ったの?えー?そりゃまた極端な。それもうアレじゃん、カスハラじゃん。うーん…かといって、まあ、ここで事を荒立てんのもなあ。そもそも悪いのはウチ側なんだし」
男は足で煙草をもみ消しながら小さく舌打ちした。
…おっと、なんだなんだ?
気になる展開になってきたぞ。
「…うん、うん。え?そんなこと言ったの?…マジで?…チューしたら許してやるって?…マジかよ。…おまえ、話し盛ってねえか?…ホントに?言ったの?ええ?…引くわー」
えーマジか!
ホントにそんなことってあんの?
それでそれで?
「じゃあとにかくさあ、浜田工業の方には『急げ』って俺からも一本電話入れとっからさ?納期は追っかけといて。…うん、うん、そりゃそうだろ。まず仕事はきっちり終わらせなきゃさ。あーもう!あとあと、限界利益がどうとか、そんなのはあとなの!そう!」
なんだよ、いいんだよ、そんなのは!
チューはどうなったチューは。
「で、どうなのよ。」
…お。お。
聞くのか?
「いや、お前的にはどうなの。チューくらいなら許容範囲?…いやいや、やれとは言ってないよ。言ってないだろ?聴いてみただけ。…うん、…うん。…え?じゃあどこまでならオッケーなの。…どこまでとか、ない?…うん。まあそうだよな。それが普通」
こいつ!
とんでもねえゲス野郎だな。
「いやいやいや、まあそうなんだけどさ?あそこほら、年間の取引額が3億超えてっからさ―。それがセクハラに当たるかどうかは、お前の気持ち次第、って部分もあるじゃない?」
あーやだやだ。大人って。
大人って汚れてる!
なーんか俺も働く気なくしちゃったなー。
世の中のせいで!
「…ない?ないかー。まあ、そりゃそうか。脂ぎってるもんなー、あのおじさん」
おいおいキツいなー。
これどうなんの?
「いや、3憶がちゅーで済むならって、安易に考えちゃったんだよ。ごめん。…ごめんってば。また、部長がうるせえからさあ。…いや、あっちのじゃなくて、うちのね。そうなの」
…安易にって、安易にもほどがあるだろ。
おまえはどこまでバカなんだ。ちったあ脳みそ使え。
「一度受け入れたら?うん…要求がエスカレートして?…どうなるって…ハハ、いや、どうもなんねえよ。なんねえだろ。だって相手は曲がりなりにも東証プライム上場の部長なんだからさあ。今どきさあ…うん…うん。まっさかー?」
うほー。
たまんねー。
今まさに、社会の暗部を垣間見てる感じ!
「…げっ。それ、変態じゃん。やべえヤツじゃん!」
えっ!なになに?
いま何て言ったの彼女、ねえ?
「でもさー、こういう場合って、どこに言えばいいんだっけ。…あ、そうなの?社内のコンプラ部門?そんなのがあんの?」
バカ、警察だよ警察!
どこの会社のなんて奴だよ、そいつは!
あーなんかヒントをくれ。俺にヒントを!
「それさー。エビデンスはあんの?エビデンス。…いや、訴訟とかになったときさー」
でたよ。
エビデンス。
なーにがエビデンスじゃ!
クソが。
「なになに?!…おまえ泣いてんの?ひょっとして、もうなんかされた?」
えええええええええ!!
で?で?
「…悔しすぎて?ふーん、そうなんだ…足元を見られた…まあそっか。そうだよな。あ、ごめん、バス来たわ」
おいマジか!
うわ来ちゃったよ。バス。
「まあ、戻ったらもっかい話しよ。ね?…気晴らし?いいよ。付き合ってやるよ。…うん、うん。…またあのキャバクラかよー。しょうがねえなあ。好きだねーおまえも。…うん、うん。分かった。はいはい、おつかれ」
あークソ!今いいとこなのに!
…てか、え?
キャバクラ?
まって。いまの、女じゃなくて?
んー。
ん?
ちょっと話を整理しないと分かんなくなってきたぞ。
あー、マジかー!!
こいつ、バス乗りやがったよ。
一本見逃すなら、俺も付き合ってやったのに!
…うっわー!
どーすっかなあ!
つづき、ちょー気になるし。
どーすりゃいい?
ど-すんの?
あーもー、仕方ない。
ここは男らしく、こいつと同じバス停で降りるかー。
完




