第一話 ポストが生えてきた
その日、俺の家の床から――
ポストが生えてきた。
意味が分からないと思うが俺も分からない。
♢
「やれやれ……これで、世界が一つ消えるな」
「本当にあの人は、人使いが荒いですわ」
「この配合で魔法陣完成です」
「最後に仕上げですわね……」
「おい、それは違う!!」
「え?」
次の瞬間、視界が白く焼き切れた……
♢
西城直樹、二四歳。
実家暮らしのニートで、社会復帰の予定は今のところゼロだ。
「ほら、お兄ちゃん。起きなさい!!」
脳が揺さぶられる。
俺を叩き起こすこの声の主は、西城心優。
俺の実の妹であり、性格は天然だ。
最近少しふくよかになったが、その話題に触れると命に関わる。
「いきます……いきます……」
「あ、あと五分」
「まったくもう!! お兄ちゃんたら」
「私、学校に行くからね。リビングにいるよ」
布団の中で適当に返事をしながら、俺は現実逃避を続けていた。
視界が、白く弾けた。
――ドンッ!!
腹に響く衝撃。
床が震え、ガラスがビリビリと鳴った。
「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
心優の悲鳴が家の中に響き渡る。
「ど、どうした!?」
俺は反射的に布団を跳ねのけ、階段を駆け下りた。
ドタドタドタ――!!
「おい、大丈夫か?」
「な、なによこれ……!」
そこには――
あり得ないものが、床から突き出していた。
赤くて、筒状、見覚えのある形。
「ポスト……?」
「そんなことより、お兄ちゃん! お、起こして……!」
心優は壁にめり込み、足をばたつかせている。
「……いや、これはなかなかな光景だな」
「起こすのは勿体ない」
「そんなことは言ってないで助けてよ!!」
「はいはい、今やる」
俺は妹の腕を掴み引っ張り出す。
「はぁ……死ぬかと思った……」
「で、これは何なの?」
改めてみる。
床から突き破って生えている、それ。
どう見ても――
「ポストだね」
「我が妹よ……」
「そうだね、お兄ちゃん」
「いや、どんな世界線だよ」
「床からポストが生えてくるとか、聞いたことねぇぞ」
「私に言われても……」
「八時になりました。ニュースをお伝えします」
テレビからアナウンサーの声が流れる。
「本日未明、全国各地で原因不明の発光現象が確認され――」
「……は?」
「あっ、まずい。私学校に行かないと」
「いや待て待て、この状況で行く!?」
「大丈夫でしょ。じゃ、あとはよろしくね、お兄ちゃん♡」
「よろしくって何をだよ」
――バタン
ドアが勢いよく閉まる音。
「……行きやがった」
しばらく沈黙。
「……クソ、なんなんだよこれ」
目の前にある、あり得ない存在。
「……とりあえず」
俺はゆっくりと、ポストの投入口に手を入れる。
――カチッ。
「……は?」
中から出てきたのは、一枚の黒い板だった。
スマホ……いやタブレットか?
電源が入る。
【配送システム起動します】
無機質な機械音。
光が部屋全体を包んだ。
「こ、これはもしや。異世界転生?」
「ついに来たか、男のあこがれ!!」
「よっしゃ―――これで俺も異世界勇者に……」
まばゆい光が、部屋全体を包み込んだ。
「ここは……」
見慣れた我が家のリビング。
「……って、変わってねぇ!!」
思わず叫ぶ。
「いやいやいや!! なんでだよ!!」
慌ててタブレットを確認する。
【初期設定:失敗】
「失敗ってなんだよ!!」
――ガコン。
「…あ?」
背後から重たい音が鳴る。
ゆっくりと振り返る。
ポストの口がひとりでに開いていた。
「……マジかよ」
中を覗き込む。
暗い奥に、白いものが見える。
一枚の紙きれ。
「……なんだ、これ」
指先でそっとつまみ、引き抜く。
――パタン。
まるで意思があるかように、ポストが口を閉じた。
紙には見覚えのない文字列が並んでいる――はずだった。
しかし、不思議と読める。
宛名先:ドリースト城。
至急:リンゴを届けろ。
※時間はありません。
「……は?」
――ピロリン。
軽い電子音が鳴る。
「……なんだ」
手に持っていたタブレットが、ひとりでに光り出した。
画面の表示が、ゆっくり書き換わっていく。
宛名先:ドリースト城。
↓
宛名先:西城 直樹。
「……え?」
思考が止まる。
「いやいやいや、待て待て待て」
思わず声が漏れる。
「なんで俺の名前が宛名先なんだよ」
――ピロリン。
タブレットが淡く光る。
【対象物:リンゴ】
【投入先:ポスト】
無機質な表示。
「……は?」
【リンゴをポストの中に入れてください】
「いや、なんで俺がやる流れになってんだよ」
思わずツッコむ。
だが、画面は変わらない。
無言の圧。
「マジかよ……」
しばらく睨み合ったあと、俺はため息をついた。
「やればいいんだろ、やれば」
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。
ひんやりとした空気。
「リンゴ……リンゴ……」
ガサガサ中を探る。
「あ、あった」
赤いリンゴを一つ取り出す。
「これを入れろってか……」
ポストを見る。
変わらず、そこに在る。
――だがさっきとはまるで違う。
まるで“待っている”ようにみえた。
「……はいよ」
投函口にリンゴを押し当てる。
「……入るわけないだろ」
当然、入らない。
「……はぁ、無理だ」
俺はポストの前にリンゴを置いた。
【確認】
タブレットが強く光る。
「っ!?」
リンゴが光に包まれ――
消えた。
「……は?」
何もない。
確かにそこにあったはずのリンゴが、跡形もなく消えた。
【お届け完了しました】
「……マジかよ」
確かに、リンゴは消えた。
異世界に送られた――のか?
タブレットが再び光る。
「……まだ何かあるのか?」
画面が、ゆっくりと切り替わる。
【次の配達対象】
一瞬の沈黙。
――嫌な予感がした。
そして――
【対象物:西城 直樹】
【回収を開始します】
「……え?」
「待て待て待て」
背筋が、ゾクリした。
次の瞬間――
視界が白く弾けた。
「おい、待て――?!」
次回 配達対象、俺。
いや意味が分からない。




