第二章 第35話 ──ヴェルス報告/軍の報告──
第二章 35話 ──ヴェルス報告/軍の報告──
薄暗い作戦室。
壁のモニターには日本の山岳地帯の地図が映し出され、
赤い点がいくつも点滅している。
中央の机の前に座る男の前で、
黒い戦闘服の隊員が直立していた。
男
「……報告を。」
隊員
「はい。
まず、第一奪取作戦ですが――
対象“篠原悠斗”に接触した直後、
日本軍の現場部隊が介入。
我々は撤退を余儀なくされました。」
男
「横取りされた、というわけだな。」
隊員
「はい。
軍は“保護”を名目に対象を確保し、
そのまま施設へ移送しました。」
男は眉をひそめた。
男
「施設……やはり日本側は深層接触者を手放す気はないか。」
隊員
「その後、移送ルートと施設の位置を割り出し、
再奪取作戦を準備しましたが――」
男
「だが、実行前に“事件”が起きた。」
隊員は小さく息を呑んだ。
隊員
「はい。
施設内で対象が“空間欠損魔法”を使用。
内部構造の一部が消失し、
軍の護衛部隊は壊滅的混乱に陥りました。」
男
「……空間系統。
深層接触者の中でも、最も危険な系統だ。」
隊員
「現場は完全に制御不能となり、
その混乱の中で対象は施設を脱出。
軍の追跡部隊が展開しました。」
男
「お前たちは?」
隊員
「軍の動きに合わせて監視を続けましたが――
対象が山中へ逃走したことまでは確認できました。
しかし……」
男
「追えなかった、と。」
隊員
「はい。
空間欠損の余波で地形が乱れ、
軍の捜索部隊も足跡を見失ったようです。
我々もこれ以上の接触は不可能と判断し、撤退しました。」
男は机を指で軽く叩いた。
男
「つまりこうだ。」
1. ヴェルスが篠原悠斗を奪取しようとする→ 軍に横取りされる
2. 軍が悠斗を施設へ移送
3. 施設内で篠原悠斗が“空間欠損魔法”を
発動→ 施設内部が崩壊し、軍が混乱
4. 篠原悠斗が逃走
5. 軍もヴェルスも追跡に失敗
男
「辻褄は合っている。」
隊員
「はい……。」
男
「軍は今、どう動いている?」
隊員
「“外国勢力による誘拐事件”として
一般部隊を動かしています。
現場の兵士たちは本気でそう信じている様子です。」
男
「施設の存在は隠したまま、か。
上層部だけが深層を知り、
現場には嘘を流す……いつもの手口だ。」
隊員
「はい。」
男はゆっくりと椅子にもたれた。
男
「……深層接触者が“野に放たれた”。
日本側にとっても、我々にとっても、
これは厄介な状況だ。」
隊員
「今後の方針は?」
男
「追跡は続ける。
ただし奪取ではない。」
隊員
「監視、ですか。」
男
「そうだ。
軍がどう動くかを見る。
深層接触者をどう扱うつもりなのか――
それを見極める。」
男の声は低く、冷静だった。
男
「……日本側が“恐れているもの”を知れば、
我々が動くべきタイミングも見える。」
隊員
「了解しました。」
男
「行け。」
隊員は敬礼し、
静かに部屋を出ていった。
残された男は、
暗いモニターに映る地図を見つめながら呟いた。
男
「……空間欠損。
あの少年は、どこまで行く?」
蛍光灯の白い光だけが、
静かな部屋を照らしていた。
---
軍報告:空間欠損事案(軍視点)──
山岳地帯に設置された臨時指揮所。
テントの中には焦げた匂いと、
緊張した空気が漂っていた。
現場指揮官である 隊長(一尉) は、
机の前で姿勢を正していた。
その前に立つのは、
上層部から派遣された 情報部の将校(三佐)。
階級差は明らかで、
隊長は将校に対して敬語を使っていた。
---
■ 施設崩壊の報告
隊長
「……以上が、施設内で発生した“空間欠損”事案の概要です、三佐。」
将校
「空間欠損……。
現場の兵士にはどう説明した?」
隊長
「“爆発による構造崩落”として処理しています。
深層関連情報は秘匿扱いのため……
現場には伝えておりません。」
将校は静かに頷いた。
将校
「現場の兵士は、まだ“外国勢力による誘拐事件”だと信じているのだな。」
隊長
「はい。
彼らは本気で、対象の少年が外国勢力に狙われていると……」
将校
「それでいい。
深層の存在は知らせるな。」
隊長は唇を噛んだ。
---
■ 悠斗の暴走
将校
「対象“篠原悠斗”は、施設内で暴走したのだな。」
隊長
「はい。
拘束中に突然、深層反応を示し――
“空間欠損魔法”を使用しました。」
将校
「被害は?」
隊長
「施設内部の一部が消失。
壁、床、通路が“抜け落ちた”状態です。
護衛部隊は壊滅的混乱に陥りました。」
将校
「……深層接触者の能力は、
もはや通常兵器では対処できんということだ。」
隊長
「はい……。」
---
■ 逃走と追跡失敗
将校
「対象はその混乱で逃走したのだな。」
隊長
「はい。
施設外へ脱出したことまでは確認しました。
すぐに追跡部隊を展開しましたが――」
将校
「見失った。」
隊長
「申し訳ありません。
空間欠損の余波で地形が乱れ、
足跡が途中で途切れていました。
外国勢力の部隊も周辺にいましたが、
彼らも混乱に巻き込まれたようです。」
将校
「つまり――
“誰も捕まえられなかった”ということだ。」
隊長
「……はい。」
---
■ 上層部の意向
将校は書類を閉じ、
隊長をまっすぐ見た。
将校
「対象の捜索は継続する。
だが、上層部からの指示は“保護”ではない。」
隊長
「……確保、ですか。」
将校
「そうだ。
深層接触者は危険すぎる。
生死は問わない、とのことだ。」
隊長は拳を握りしめた。
隊長
「……あの子は、ただの被害者です。
外国勢力に狙われ、
今度は我々の施設で何をされたのか……」
将校
「一尉。
現場の感情は理解する。
だが、国家機密は感情で動かせない。」
隊長
「……承知しました。」
将校
「引き続き捜索を続けろ。
対象は必ず見つけ出す。」
隊長
「了解しました、三佐。」
将校はテントを出ていき、
隊長はその背中を見つめながら呟いた。
隊長
「……あの少年は、どこへ行った……」
外では、
捜索隊の準備する音が響いていた。
軍は“誘拐された子どもを救う”つもりで動いている。
だが上層部は“深層の秘密を守るために確保する”つもりで動いている。
そして悠斗は――
そのどちらの真実も知らないまま、
山を抜けて街へ向かっていた。
---
1日1善1日1投稿♪




