サイドストーリー: 天城主任の本音──深層に呑まれた少年と、残された父の懺悔
サイドストーリー:
天城主任の本音──深層に呑まれた少年と、残された父の懺悔
観測室は静まり返っていた。
紗月と悠斗が去った後、
天城はひとり、壊れた装置の前に立ち尽くしていた。
そして――
誰に聞かせるでもなく、
胸の奥から零れ落ちるように呟いた。
天城
「……玲央……」
その名を口にした瞬間、
封じ込めていた記憶が、
ゆっくりと、しかし確実に蘇っていく。
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玲央と初めて会ったのは、
天城がまだ若く、深層研究の最前線に立ち始めた頃だった。
研究所に送られてきた資料。
> 被験候補:孤児
> 深層適性:高
> 魔力量:安定
> 年齢:10歳
初対面の玲央は、
痩せていて、怯えた目をしていた。
天城
「君が玲央くんか。」
玲央
「……はい。」
声は小さく、震えていた。
天城
「怖がらなくていい。
ここでは、君を傷つける者はいない。」
玲央は、ほんの少しだけ顔を上げた。
玲央
「……本当に?」
天城
「ああ。
私は君を守る。」
その瞬間、
玲央の瞳に小さな光が宿った。
天城は気づいてしまった。
この子は――
自分を信じた。
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玲央は、驚くほど素直だった。
魔力測定も、訓練も、
深層観測の初期段階も、
すべて真面目に取り組んだ。
天城
「無理をするな。
君はまだ子どもだ。」
玲央
「でも……
僕、先生に褒められたいんです。」
その言葉に、
天城の胸は締めつけられた。
孤児院で“扱いにくい子”と呼ばれていた玲央。
魔力が強すぎて、周囲を傷つけてしまうことがあったからだ。
だからこそ、
天城の存在は玲央にとって“救い”だった。
玲央
「先生がいてくれるなら……
僕、なんでもできます。」
天城
「……そんなことを言うな。
君は、ただ生きているだけで十分だ。」
玲央は嬉しそうに笑った。
その笑顔は、
天城にとって“息子のような存在”になった証だった。
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転機は突然だった。
上層部からの通達。
> 『深層観測の新プロトコルを実施せよ』
> 『被験者は天城担当の玲央とする』
> 『国家安全保障上の最優先事項である』
天城
「馬鹿な……!
玲央はまだ早い!
精神負荷が大きすぎる!」
上層部
「適性値は十分だ。
君の判断は“過保護”だよ、天城主任。」
天城
「過保護で結構だ!
あの子は……!」
上層部
「これは命令だ。
従わなければ、君は研究から外れる。」
天城は言葉を失った。
研究から外されれば、
玲央を守ることすらできなくなる。
天城
「……分かった。
私が……やる。」
その声は震えていた。
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深層観測装置の前で、
玲央はいつもより静かだった。
天城
「玲央……今日は無理をするな。
少しでも違和感があれば、すぐに中止する。」
玲央
「……先生が見てるなら、大丈夫です。」
天城
「玲央……」
玲央
「僕……先生の役に立ちたいんです。」
その言葉が、
天城の胸に深く刺さった。
天城
「……無理をするな。
私は君を失いたくない。」
玲央は驚いたように目を見開き、
そして小さく笑った。
玲央
「……先生。
僕、頑張ります。」
その笑顔が、
天城が見た玲央の“最後の笑顔”だった。
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深層接続開始。
最初は安定していた。
だが――
突然、波形が乱れた。
研究員
「深層拒絶反応……発生!?
こんな数値、見たことが――」
天城
「玲央!!
私の声を聞け!!
戻ってこい!!」
玲央の声は、
もう返ってこなかった。
モニターの波形が、
“音もなく”崩れ落ちる。
天城
「……やめろ……
玲央……戻ってこい……!」
研究員
「主任……
自我が……消失しています……」
天城
「黙れ!!
玲央は……まだ……!」
だが――
玲央は、
天城を見ていた。
“見ているようで、見ていない目”で。
天城
「……そんな目で……
私を見るな……」
声が震えた。
天城
「玲央……
すまない……
すまない……」
その日、
天城は“研究者としての成功”よりも、
“父としての喪失”を深く刻みつけられた。
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天城
「私は……あの日、君を失って……
もう二度と、同じことはしないと誓ったはずだった。」
声が震える。
主任としての冷静さではなく、
父としての弱さが滲む。
天城
「なのに……私はまた……
深層に触れた少年を、装置に入れた。」
天城は目を閉じた。
まぶたの裏に、玲央の最後の瞳が浮かぶ。
“見ているようで、何も見ていない目”。
天城
「……なぜだと思う?
レオ。
私は……君を失った痛みを、
誰よりも知っているはずなのに。」
天城はゆっくりと息を吐いた。
その吐息は、後悔と罪悪感で重かった。
天城
「……私は弱かったんだ。
上層部の命令に逆らえば、
悠斗はもっと危険な研究者に回される。
あの子は……君のように、
誰にも守られずに深層に飲まれてしまう。」
天城は拳を握りしめた。
天城
「私は……自分に言い訳をした。
“私がやれば、まだ安全だ”と。
“私なら、あの子を守れる”と。
……そんな保証、どこにもないのに。」
天城の声は、
自嘲と苦しみで震えていた。
天城
「本当は……怖かったんだ。
また誰かが深層に呑まれるのを、
この目で見るのが。
君の時のように……
何もできずに立ち尽くすのが。」
天城は壊れた観測装置に手を置いた。
その冷たさが、胸の痛みをさらに際立たせる。
天城
「……それでも私は、
悠斗を装置に入れた。
君を失った私が……
また同じことをした。」
天城は、
その矛盾を誰よりも理解していた。
天城
「私は……君の死を、
“無駄にしたくなかった”んだ。
深層を理解しなければ、
また誰かが君のように消えていく。
紗月だって……例外じゃない。」
天城の声が、
かすかに震えた。
天城
「……紗月が深層に近づく未来が、
私は怖くてたまらなかった。
だから……
深層を知りたかった。
深層を制御したかった。
深層に触れた者を……救いたかった。」
天城はゆっくりと目を開けた。
その瞳には、
研究者としての執念と、
父としての祈りが同時に宿っていた。
天城
「悠斗は……君とは違った。
深層に触れながら、
自我を保っていた。
影に呑まれず、影と共に立っていた。
……私は、あの少年に賭けたんだ。
君が辿り着けなかった場所へ、
彼なら行けるかもしれないと。」
天城は苦笑した。
その笑みは、痛みを隠すためのものだった。
天城
「……結局私は、
研究者としての欲と、
父としての恐怖と、
人間としての弱さに負けたんだ。」
天城は観測室の中央に立ち、
誰もいない空間に向かって呟いた。
天城
「レオ……
私はまた、間違えたのかもしれない。
だが……
どうか見ていてくれ。
紗月と悠斗が……
君が辿り着けなかった場所へ行けるかどうか。」
天城は静かに目を閉じた。
天城
「……どうか……
二人とも……生きて帰ってきてくれ。」
その祈りは、
主任ではなく、
ただの“父親”のものだった。
そして――
玲央に向けた、
遅すぎる“ごめん”だった。
私個人として書いて良かったと思ってる回です。
研究者として、父親として、間違えを認められない大人として、最後に言えたごめんを・・・




