サラ②
アストリアーナ国は、人口の八割を女性が占めるという珍しい国だ。
その状態は、もう百年以上も続いている。
ある日の午後、私は机の上の書物を閉じて、隣にいたニーナに問いかけた。
「ねえ、ニーナ。女性ばかりのこの国が、どうして百年も滅びずにいられたと思う?」
私は真剣に尋ねたつもりだった。
だが――。
「そりゃあ、女は強いもの!」
ニーナは笑いながら言って、ご自慢の上腕二頭筋を見せつけてくる。
その無邪気さに、思わず口元が緩んだ。
まったく、ニーナらしい。
明るくて、元気で、見ているとついこちらまで笑ってしまう。
けれど。
心の奥では、ひとつの疑問がゆっくりと膨らんでいく。
本当にそうなのだろうか?
確かに、私の父は女性の盗賊に殺された。
けれど、父は戦い方を知らなかっただけだ。
もし男たちが本気で戦いの術を磨き、武を極めていたなら――。
それでもなお、女性の方が強いと言えるのだろうか。
過去、アストリアーナを狙った国はいくつもあった。
パラドゥーラ国のように、領土を奪おうとした国も少なくない。
だが、どの戦いも勝利に終わり、国は今もこうして存在している。
いったい、どのようにして勝ってきたのか。
不思議なことに、その答えはどの文献にも記されていなかった。
まるで、誰かが意図的に消し去ったかのように。
私は今夜も城の図書館で、戦争の記録が載っている書物を探していた。
この国がどうやって数々の戦を生き延びてきたのか――その答えを知りたかった。
静まり返った空間に、ページをめくる音だけが響く。
気づけば、窓の外はとっくに真っ暗になっていた。
「サラさん。こんな時間にどうされましたか?」
背後から落ち着いた声がして、私は驚いて振り返った。
アルミナ様の付き人、リスタさんだった。
リスタさんは代々、女王に仕える家柄の男性で、剣の腕は城でも屈指だと聞く。
食事のとき、アルミナ様の少し後ろに静かに控えている姿を何度も見てきたが、
その表情はいつも無機質で、笑顔を見たことは一度もなかった。
「……もうこんな時間だったんですね。申し訳ありません、すぐに戻ります」
時計は夜の一時を指していた。
慌てて本を棚に戻そうとした。
けれど、目的の棚は高い位置にあり、台に乗らなければ届かない。
焦るあまり足を滑らせ、体が傾く――。
「危ない!」
瞬間、強い腕が私の腰を支えた。
リスタさんの顔が目の前に迫る。
息が触れそうな距離。
時が止まったように、世界が静まり返った。
互いに目が合い、はっとして同時に顔を背けた。
「……すみません」
「いえ、こちらこそ」
心臓の音がやけに大きく響く。
リスタさんはお風呂上がりなのだろうか。
石鹸のいい匂いがする。
私が読んでいた本は、床に落ちていた。
リスタさんはそれを拾い上げ、表紙の文字をゆっくりと読む。
「『焔と風の黎明』ですか」
「はい。この国の歴史を知りたくて、少し勉強していました」
私は少し恥ずかしそうに答えた。
本の中には、不思議な龍の言い伝えが記されていた。
――赤い瞳をもつ龍が空を舞う時、
炎と風、そして大地の震えとともに、すべてを呑み込み、
新たな世界を創り出す――
「この龍が現れると、国が滅び、また生まれ変わると書かれていました」
私の言葉に、リスタさんは静かに目を細めた。
そして、少しだけ柔らかい声で言った。
「……サラ様の右目と同じ色ですね。その龍の瞳は」
その言葉に、胸がふっと熱くなる。
気づけば、彼の視線がまっすぐ私を見ていた。
真夜中の図書館。
窓から差し込む月の光が、彼の黒色の髪に淡く反射している。
静寂の中で、鼓動の音だけがはっきりと響いた。
「きっと……さぞ、美しい龍なのでしょうね」
彼の低い声が、まるで囁きのように耳をかすめる。
一瞬、言葉が出なかった。
なぜか胸の奥がくすぐったくて、少しだけ息苦しい。
リスタさんは、はっと目を伏せた。
アルミナ様のそばで護衛をしているときの彼は、まるで機械のように無機質な表情をしている。
けれど、図書館にいる今のリスタさんは違う。
目元には柔らかさがあり、口元には微かに笑みが浮かんでいる。
その姿は、とても人間らしく見えた。
――なんだか、可愛いな。
私は思わず心の中でそう呟いた。
普段の冷たく真面目な顔しか知らなかったから、この一瞬の表情が、とても可愛らしく見えた。




