サラ⑨
私は、草原の真ん中で力尽きて横になっていた。
かつて炎に包まれたパラドゥーラの大地は、いまや緑に覆われている。
焦げた土の隙間から、柔らかな草が芽吹き、風が穏やかに吹き抜けていく。
龍になった時に、着ていた服はすべて焼け落ちた。
裸のまま、私は大地に身を横たえる。
陽のぬくもりも、草の香りも、風の感触も、すべてを全身で感じていた。
そして、そのすべての中に、ニーナの気配があった。
彼女はもういない。
けれど、この世界のすべてが、彼女の命から生まれたように。
そうしていると、遠くから人の声が聞こえた。
振り向くと、リスタが兵を率いてこちらへ駆けてくるのが見えた。
「サラ! やっぱりここにいた!このあたりに龍が飛んでいくのが見えて……」
息を切らせながら、リスタが私の名を呼んだ。
振り返るように、私はゆっくりと顔を上げる。
さっきまで夢の中みたいにぼやけていた草原の景色が、急にはっきりと目に映った。
「ここ……さっきまで大爆発があった場所、だよな……?」
「信じられない……もう草が生えてる……」
「燃えてたなんて、とても思えない……」
周囲にいた兵たちがざわめきはじめた。
無理もない。つい数刻前まで火の海だった場所だ。
それなのに今は、風に揺れる柔らかな草ばかりが広がっている。
次の瞬間、リスタがはっとしたように目を見開いた。
裸同然の私を見て、彼は慌てて駆け寄り、自分の上着をそっと私の肩にかけてくれた。
「サラ……ニーナはどうしたんだ?」
その問いで、私は現実へ引き戻された。
揺れる草原の香りも、柔らかな風の音も、たった一言で全部色を失う。
ここは夢のように安らかで、穏やかな場所のはずだったのに。
ニーナはもういない。
その事実だけは、どれだけ願っても変わらない。
「ニーナは……死んでしまったの。
ニーナが、パラドゥーラを――」
そこで、喉が震え、言葉が途切れた。
口を開こうとしても、声が出てこない。
胸の奥を掴まれたように苦しくて、息をするのさえつらかった。
リスタは何も言わず、ただ私の体を抱きよせた。
私はその胸に顔を埋めて、静かに泣いた。
草原を渡る風の音だけが、二人のあいだに静かに流れている。
「サラ……ニーナのおかげで、俺たちは勝ったんだ。
アストリアは、この戦争で勝利したんだよ」
リスタの言葉に、私は顔を上げた。
――勝った?勝利?
胸の奥で何かが軋む。
大切な友の命を亡くしてまで得た勝利。
「今は辛いだろうけど……これがアストリアの戦い方なんだ。
こうやって、アストリアは勝ってきたんだ。」
リスタは静かにそう言った。
――これが、アストリアの戦い方?
これからもこんな悲劇が繰り返されるの?
誰かの犠牲の上にしか、私たちは立てないというの?
胸の奥が冷たく締めつけられる。
耳の奥に、あの時の叫びが今もこびりついて離れない。
炎の中で泣き叫ぶパラドゥーラの人々の声が、
何度も、何度も、頭の中で響いていた。
それに――ニーナの泣いている姿が、何度も脳裏に浮かぶ。
手が離れ、彼女の身体がゆっくりと地面へ落ちていく。
怖かったはずなのに、私に心配をかけまいと、最後まで笑おうとしていた。
けれど、その瞳には涙が溜まっていた。
あの光景が、どうしても頭から離れない。
こんな犠牲を、何度も何度も繰り返さなければ、
アストリアは生き延びられないなんて。
私はゆっくりとあたりを見まわす。
風にそよぐ草原は、どこまでも優しい緑で満たされていた。
その色は、まるでニーナの瞳のように澄んでいて、
頬を撫でる風には、彼女の笑みのような温かさがあった。
――この美しいものたちを守るために、
また誰かが、あんな悲惨な運命に身を投げなければならないの?
泣きながら死んでいく――
そんな世界を、何度も何度も繰り返せというの?
争いはなくならない。
人がいる限り、平和は続かない。
アストリアが平和であり続けるためには、
戦を仕掛けてくる国に勝つには、
この残酷な運命にすがるしかない――。
頭では理解しているのに、胸がどうしても拒む。
どうして、守るために、こんなにも奪わなければならないの。
私が立ち上がろうとしたその瞬間、ふっと影が差した。
見上げると、リスタが無言のまま手を差し伸べてくれていた。
その手は温かくて、掴めばきっと少しだけ心が軽くなるのだとわかった。
けれど――私はそっと、その手を払いのけた。
誰にも支えられず、ゆっくりと自分の力だけで立ち上がる。
ニーナが命を懸けて守ったこの国。
その平和を繋ぐために、今度は私が、命を懸けて進まなければならない。
逃げることも、ただ泣き崩れることも、もう許されない。
私は強く息を吸い込み、震える足で前を向いた。
ニーナの最後の言葉を思い出す。
「サラ女王——アストリアを平和な国に!任せたわよ!」
その時、頬を撫でるように風が吹いた。
まるでニーナが背中を押してくれたかのように。
私はもう、立ち止まれない。




