表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

サラ⑨

 私は、草原の真ん中で力尽きて横になっていた。

かつて炎に包まれたパラドゥーラの大地は、いまや緑に覆われている。

焦げた土の隙間から、柔らかな草が芽吹き、風が穏やかに吹き抜けていく。


 龍になった時に、着ていた服はすべて焼け落ちた。

裸のまま、私は大地に身を横たえる。

陽のぬくもりも、草の香りも、風の感触も、すべてを全身で感じていた。


 そして、そのすべての中に、ニーナの気配があった。

彼女はもういない。

けれど、この世界のすべてが、彼女の命から生まれたように。


 そうしていると、遠くから人の声が聞こえた。

振り向くと、リスタが兵を率いてこちらへ駆けてくるのが見えた。


「サラ! やっぱりここにいた!このあたりに龍が飛んでいくのが見えて……」

 


息を切らせながら、リスタが私の名を呼んだ。

振り返るように、私はゆっくりと顔を上げる。

さっきまで夢の中みたいにぼやけていた草原の景色が、急にはっきりと目に映った。


「ここ……さっきまで大爆発があった場所、だよな……?」

「信じられない……もう草が生えてる……」

「燃えてたなんて、とても思えない……」


周囲にいた兵たちがざわめきはじめた。

無理もない。つい数刻前まで火の海だった場所だ。

それなのに今は、風に揺れる柔らかな草ばかりが広がっている。


 次の瞬間、リスタがはっとしたように目を見開いた。

裸同然の私を見て、彼は慌てて駆け寄り、自分の上着をそっと私の肩にかけてくれた。

 

「サラ……ニーナはどうしたんだ?」


その問いで、私は現実へ引き戻された。

揺れる草原の香りも、柔らかな風の音も、たった一言で全部色を失う。

ここは夢のように安らかで、穏やかな場所のはずだったのに。

 

 ニーナはもういない。

その事実だけは、どれだけ願っても変わらない。


「ニーナは……死んでしまったの。

 ニーナが、パラドゥーラを――」


 そこで、喉が震え、言葉が途切れた。

口を開こうとしても、声が出てこない。

胸の奥を掴まれたように苦しくて、息をするのさえつらかった。


 リスタは何も言わず、ただ私の体を抱きよせた。

私はその胸に顔を埋めて、静かに泣いた。

草原を渡る風の音だけが、二人のあいだに静かに流れている。

 

「サラ……ニーナのおかげで、俺たちは勝ったんだ。

 アストリアは、この戦争で勝利したんだよ」


リスタの言葉に、私は顔を上げた。

 

――勝った?勝利?


胸の奥で何かが軋む。

大切な友の命を亡くしてまで得た勝利。

 

「今は辛いだろうけど……これがアストリアの戦い方なんだ。

 こうやって、アストリアは勝ってきたんだ。」


リスタは静かにそう言った。


――これが、アストリアの戦い方?

 

これからもこんな悲劇が繰り返されるの?

誰かの犠牲の上にしか、私たちは立てないというの?


 胸の奥が冷たく締めつけられる。

耳の奥に、あの時の叫びが今もこびりついて離れない。

炎の中で泣き叫ぶパラドゥーラの人々の声が、

何度も、何度も、頭の中で響いていた。

 

 それに――ニーナの泣いている姿が、何度も脳裏に浮かぶ。

手が離れ、彼女の身体がゆっくりと地面へ落ちていく。

怖かったはずなのに、私に心配をかけまいと、最後まで笑おうとしていた。

けれど、その瞳には涙が溜まっていた。

あの光景が、どうしても頭から離れない。


 こんな犠牲を、何度も何度も繰り返さなければ、

アストリアは生き延びられないなんて。


 私はゆっくりとあたりを見まわす。

風にそよぐ草原は、どこまでも優しい緑で満たされていた。

その色は、まるでニーナの瞳のように澄んでいて、

頬を撫でる風には、彼女の笑みのような温かさがあった。


――この美しいものたちを守るために、

また誰かが、あんな悲惨な運命に身を投げなければならないの?

泣きながら死んでいく――

そんな世界を、何度も何度も繰り返せというの?


争いはなくならない。

人がいる限り、平和は続かない。


アストリアが平和であり続けるためには、

戦を仕掛けてくる国に勝つには、

この残酷な運命にすがるしかない――。

頭では理解しているのに、胸がどうしても拒む。


どうして、守るために、こんなにも奪わなければならないの。

 

 私が立ち上がろうとしたその瞬間、ふっと影が差した。

見上げると、リスタが無言のまま手を差し伸べてくれていた。

その手は温かくて、掴めばきっと少しだけ心が軽くなるのだとわかった。


 けれど――私はそっと、その手を払いのけた。

誰にも支えられず、ゆっくりと自分の力だけで立ち上がる。


ニーナが命を懸けて守ったこの国。

その平和を繋ぐために、今度は私が、命を懸けて進まなければならない。

逃げることも、ただ泣き崩れることも、もう許されない。


私は強く息を吸い込み、震える足で前を向いた。

ニーナの最後の言葉を思い出す。


「サラ女王——アストリアを平和な国に!任せたわよ!」


その時、頬を撫でるように風が吹いた。

まるでニーナが背中を押してくれたかのように。


私はもう、立ち止まれない。



 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ