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アルミナ①

 私はこの国、アストリアの女王だ。

十五で王位を継いでから、もう三十年が過ぎた。

その間、一度も大きな戦を起こさず、私はただひたすらにこの国の平和を守り続けてきた。


 アストリアは緑に囲まれた豊かな国だ。

風は清らかで、大地は肥え、山からは金も取れる。


 だからこそ、他国に標的にされることが何度もあった。

そのたびに私は、軍を差し向ける代わりに自ら赴いた。

厚い扉の向こう、氷のような視線を向ける王や将軍たちと向き合い、膝を折り、時には屈辱的な条件を受け入れながらも、ただ戦を止めるためだけに頭を下げ続けた。

 

 「女王がまた他国の王に頭を下げたってさ」——囁きが広がる。

側近たちは陰で私を「臆病な女王」と呼んだ。

だが、私は構わなかった。

 

 彼女らは知らない。

焦げた土の匂いも、泣き叫ぶ人の声も、私は知っている。

かつて幼い私が見たあの地獄を、再びこの国に呼び戻すわけにはいかなかった。

 

 誇りよりも命を、支配よりも平穏を選んだ。

季節が巡り、髪に白いものが混じりはじめても、私はこの国の未来を信じ続けた。

どれほど世界が変わろうと、アストリアだけは、争いのない場所であってほしい。


 けれど、そんな平和も長くは続かなかった。

北の大国・パラドゥーラの王、ドルシーラが、突如として宣戦を布告してきたのだ。


 彼は欲深く、冷酷な男だった。

 

「女しかいない国など、恐るるに足らん!アストリアの金も、土地も、民も――すべて俺のものにしてやる!」


 彼の高笑いが、まるで凍てつく風のように国境を越えて響いた。

 

 私は最後まで交渉を試みた。

血を流さずに終わらせたかった。

けれど、彼の瞳には最初から理性など宿っていなかった。

戦は、再び始まってしまうのだ。


 私は悟った。

どれほど祈っても、同じ悲劇は形を変えて訪れるのだと。

 

 そして、私と同じ運命を辿るであろう少女たち――

この国の未来を託すべき、二人の少女を探さなければならない、と。


 視察という名目で嘘をつき、アストリアの街や村を巡った。

人口の少ない国だが、目的の子を探すには思いのほか時間がかかった。


 春が過ぎ、夏が過ぎ、そして秋も終わろうとしていた。

冷たい秋雨の降る日、私はニーナと出会った。


 そのときのニーナの目には、生きる光がなかった。

裸足のまま、泥にまみれ、雨に打たれながら立ち尽くしていた。

アストリアの都は華やかに見えても、少し外れた村ではこうした子供が少なくない。


 女性ばかりのこの国では、男は「種を蒔く動物」と成り果てていた。

男たちは欲のままに女の体を求め、女たちは子を残したいという本能のままに身を委ねる。

そうして生まれた命は、多くの場合、母ひとりの手で育てられた。


 だが、母が病で倒れれば、残された子は1人で生きていかなければいけない。

ニーナも、そのうちのひとりだった。

 

 そしてもう1人の少女、サラと出会ったのは、ニーナと出会ってから三ヶ月ほど経った頃だった。

噂で聞いたのだ。

――左右で色の異なる瞳を持つ、美しい少女が孤児院にいると。


 その噂は、誇張ではなかった。

サラは本当に、美しかった。

雪のように白い肌に、淡い白色の髪。

けれど何よりも印象的だったのは、その瞳だった。


 まるでこの世を諦めているかのように、静かで、深い。

その絶望にも似た静けさが、かえって彼女の美しさを際立たせていた。

 

 サラとニーナには、どうか幸せに生きてほしいと思った。

それが、二人の人生が短いことを知っていたからなのか、あるいは自分の姿を重ねていたからなのかはわからない。

せめて、運命の日が訪れるその瞬間までは、穏やかに笑っていてほしかった。


 けれどその願いとは裏腹に、私は無意識に二人との距離を取っていた。

深く関われば関わるほど、失うときに自分が傷ついてしまうとわかっていたから。


 いずれ、二人のうちどちらかの命とアストリア国の未来を天秤にかける日がくる。

そのとき、少しでも迷わずにいられるように――私は、あえて関わることを避けていた。

 

 教会でアストリアの成り立ちを語ったあの日、

私はどんな顔をしていたのだろう。女王としての顔ができていただろうか。


 ステンドグラス越しに射す光が、ニーナの髪をやわらかく照らしている。

私は静かに、ニーナの瞳が、深い緑に染まっているのを見ていた。


 それが、この国における“選ばれし者”の印。

アストリアの平和のために命を捧げる、運命を背負った少女の証。


 胸の奥がざわめいた。


 緑の瞳をした少女が、まばゆい光とともに爆ぜ、敵国を焼き尽くす。

あのとき見た、世界の終わりの光景が脳裏によみがえった。


 ニーナも、まもなく同じ運命を辿る。

そしてその道まで連れてきたのは、ほかでもない私だ。

彼女を導いたふりをして、結局は死へと追いやった。

ニーナを殺したのは、私といってもいい。


 そう思った瞬間、何を言えばいいのかわからなくなった。

祈りの言葉も、慰めの言葉も、すべて偽りに思えた。

私はただ、静かに教会を後にした。

ステンドグラスの光だけが、背中に淡く降り注いでいた。

 

 女性だけが生まれる国、アストリア。

なぜ男は生まれなくなったのか。

王位を継いで三十年、私はその理由を痛いほど思い知らされた。


望んだのは、ただ平和で穏やかな日々だ。

二度と、悲惨な運命を辿る少女を生ませたくはなかった。

――だが、私は何も変えられなかった。


 人がいるかぎり、欲は渦を巻く。

より良い環境、より多くの資源、より多くの富を求める欲。

その欲がある限り、完全な平和など夢にすぎない。


 ならばせめて――神は人の種を絶やすことで、争いを終わらせようとしたのかもしれない。

子孫を残さぬことで、いつか人間のいない平和な世界を願ったのかもしれない。


 アストリアの人口は年ごとに減り続ける。

そうしてやがて人は消え、この世界には争いは起こらなくなる。


 それまでは、運命の赤と緑の少女たちが何度も生まれては散る。

それが、この国の平和なのだ。





 

 

 

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