サラ⑦
ニーナと初めて出会った日のことを、ふと思い出す。
アルミナ様に紹介され、ニーナは笑顔で言った。
「こんにちは、わたしはニーナ。あなたは?」
「わたしは、サ、サラ。」
私はうまく答えられなかった。
初めての場所に怯えて、口が思うように動かなかったのだ。
アルミナ様は、私たちを教会で二人きりにしてくれた。
十字架の前で、ぺたりと腰を下ろす。
ゆっくりと、ゆっくりと話をした。
今までどこにいたのか、この城に来るまでのこと。
少しずつ、目の前にいる、同じ瞳を持つニーナに心を許していった。
私は赤、ニーナは緑。
今は同じ色の瞳ではなくなったけれど、十字架の前で座り、泣きながら抱き合うと、不思議とあの頃に戻ったような気がした。
ニーナは静かに口を開いた。
アルミナ様から聞いた、この国の成り立ちの話を、私に語り出したのだ。
私はリスタから聞いた話も、順を追ってニーナに伝えた。
爆発と龍、そして芽吹く大地のこと。
話しながら、私たちは自然と理解していた。だからこそ、涙が溢れて止まらなかった。
――話に出てきた二人の少女は、私と、ニーナ。
今の私たちそのものなのだ。
「私は……龍になるのね。そして、この国の女王。」
わたしはつぶやいた。
「私は大きな力を持っている。すべてを破壊する力を。」
ニーナは静かに言った。
けれど私は思った。
ニーナは力を“持っている”のではない。
ニーナ自身が“力”なのだ。
つまり――その力は命そのもの。
ニーナは自らを燃やし尽くして、世界を救うのだ。
「女王様だなんて、サラにピッタリね。
サラは賢くて、冷静で……きっとこの国を平和に導いてくれるわ」
ニーナは涙をいっぱいに溜めながら、それでも微笑んだ。
「ニーナ……」
わたしの喉の奥から、かすれた声が漏れた。
なんて残酷な話だろう。
私たちが、いったい何をしたというのだ。
この国が――女ばかりのこの国が、文明の進んだパラドゥーラに勝てるはずがない。
今も前線では、この国の女たちが次々と命を落としている。
ニーナの“力”がなければ、アストリアは遠からず陥落する。
そしてその“力”を使えば――ニーナは死ぬ。
その事実を、彼女自身がいちばん理解していた。
はぁ、と小さなため息が落ちた。
肩の力を抜くように、ニーナが顔を上げ、まっすぐ私を見つめる。
「急に目の色が変わったと思ったら……アストリアを救うヒーローになれちゃうんだもんね。ほんと、びっくりだよ」
軽く笑って言う声は、あくまで冗談めいている。
私が言葉を失っているのをわかっていて、わざと明るく振る舞ってくれているのだとすぐにわかった。
でも――その奥に揺れるものだけは隠せない。
本当は、震えるほど怖いはずなのに。
一拍置いて、ニーナの表情がすっと変わる。
瞳の色が落ち着き、静かな光を宿す。
「サラ、行こう。もたもたしている間にも、前線で人がたくさん死んでいるわ。私達が止めない限り、この戦いは終わらない」
その声音には、迷いというものを感じさせなかった。
覚悟を決めた人間だけがまとう強さがそこにあった。
――わたしは。
そんな覚悟、まだ何ひとつ持てていないというのに。
ニーナはわたしの手を取って、静かに引いた。
そして私たちはお城の屋上へ向かう。
今宵は満月。
月の光があまりにも明るくて、星はひとつも見えなかった。
黒い空に浮かぶ白い月だけが、すべてを見ていた。
私たちは手を繋いだ。満月の下で。
光が二人を包み、風が髪を揺らす。
何も言葉はいらなかった。
私はこれから龍になる。
まるで、生まれたばかりの小さな動物が自然と立ち上がるように、龍になるにはどうすればいいかがわかった。
そして私は静かに、龍へと姿を変えていく。
風が吹き荒れる。
足元の石畳が鳴り、月明かりの下で影が大きく揺れた。
私の体は光に包まれ、骨がきしみ、背中から翼が生える。
白く、眩しく、巨大な竜へと姿を変えていく。
髪の色と同じ――雪のように白い鱗。
ニーナは見上げながら、涙をこぼして笑った。
「サラ……とっても綺麗よ。天使みたい」
違う。天使なんかじゃない。
これから私は、たった一人の友達を殺すのだ。
この国の平和と引き換えに。
天使なんかじゃない。私は――悪魔だ。




