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幼馴染の裏切りと完璧すぎた復讐〜お前が泣いても、もう俺の心は動かない〜  作者: ledled


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蒼汰の選択〜十年後の真実と母への答え〜

柊蒼汰が成人式を迎えたのは、両親が離婚してから十年が経った冬のことだった。二十歳になった蒼汰は、今では大学の法学部に通う学生だ。父の透耶は四十八歳になり、相変わらずIT企業で働いている。姉の紬は二十三歳、社会人三年目で商社に勤めていた。


蒼汰が十歳の時、突然家族が崩壊した。当時の蒼汰には、何が起きたのか正確には理解できなかった。ただ、母がいなくなり、父と姉と三人で暮らすようになった。父は「お母さんとはしばらく離れて暮らすことになった」と説明してくれたが、その理由は教えてくれなかった。蒼汰は子供ながらに、聞いてはいけないことなのだと感じ取った。


中学生になって、蒼汰は少しずつ真実を知ることになる。同級生の何気ない会話から、両親が離婚していることを知った。そして高校生になって、姉の紬から全てを聞かされた。


「蒼汰、もうお前も高校生だから、ちゃんと話すね」


紬は真剣な表情で切り出した。


「お母さんがね、お父さんを裏切ったの。他に好きな人がいて、八年間も浮気してた」


蒼汰は言葉を失った。母が父を裏切った。その事実が、すぐには飲み込めなかった。


「嘘だろ……」

「本当だよ。お父さんは、ずっと私たちにそれを言わないでいてくれた。お前がまだ小さかったから」


紬は続けた。


「お母さんは、その男の人と一緒になるために、お父さんのお金まで勝手に使ってたの。それで、全部バレて、離婚になった」


蒼汰は頭が混乱した。優しかった母。いつも笑顔で迎えてくれた母。その母が、父を裏切っていた。信じられなかった。でも、姉は嘘をつくような人間ではない。


「お父さんは、ずっと私たちのために頑張ってくれてたのに。お母さんは、それを裏切ったんだよ」


紬の声は震えていた。今でも、母への怒りが消えていないのだと、蒼汰にはわかった。蒼汰は自分の部屋に戻り、一人で考えた。十歳の時の記憶を辿る。母と離れた時、自分は泣いた。母に会いたいと言った。でも父は、優しく頭を撫でて「いつか会える日が来る」とだけ言った。


あの時の父の表情。今思えば、あれは深い悲しみを隠していた顔だったのだと気づいた。父は、息子に母の裏切りを知らせたくなかったのだ。幼い自分を傷つけたくなかったのだ。それから、蒼汰は父を改めて見るようになった。朝早くから夜遅くまで働き、それでも休日は必ず自分たちとの時間を作ってくれる父。家事も完璧にこなし、姉と協力しながら家庭を守ってくれる父。


父は一度も母の悪口を言わなかった。蒼汰が「お母さんに会いたい」と言った時も、「そうか」と優しく答えるだけだった。その優しさが、今の蒼汰には痛いほどわかった。父は、どれほど傷ついていたのだろう。どれほど辛かったのだろう。それでも、子供たちの前では決して弱音を吐かなかった。


高校二年の時、蒼汰は母からメールを受け取った。母とは離婚後、年に数回メールのやり取りをしていた。母は実家に戻り、パートで働きながら生活しているという。


『蒼汰、高校生活はどう?勉強、頑張ってる?』


蒼汰は返信を書いた。


『うん、頑張ってる。お母さんは元気?』

『元気よ。蒼汰に会いたいな。会ってくれる?』


蒼汰は少し迷った。母に会いたい気持ちはある。でも、父を裏切った母に、簡単に会っていいのだろうか。蒼汰は姉に相談した。


「お前が会いたいなら、会えばいいと思う。私は会わないけど」


紬は冷静に答えた。


「お母さんのこと、許したの?」


蒼汰が聞く。


「許してはいない。でも、ずっと恨んでいても仕方ないって思えるようになった。お母さんも苦しんでるんだろうし」


紬は大人びた表情で言った。


「でも、一緒に暮らしたいとは思わない。私にとっての家族は、お父さんとお前だけ」


蒼汰は頷いた。そして、母に会うことにした。待ち合わせは駅前のカフェ。十年ぶりに会う母は、蒼汰の記憶の中の母とは違っていた。疲れた表情、増えた白髪、痩せた体。かつての明るい母の面影は、どこにもなかった。


「蒼汰……大きくなったね」


母は涙を浮かべながら言った。


「お母さんも……変わったね」


蒼汰は正直に答えた。二人はカフェで向かい合って座った。最初は当たり障りのない話をした。学校のこと、部活のこと、将来の夢のこと。でも、やがて母が口を開いた。


「蒼汰、お母さんね、本当に悪いことをしたの。お父さんを裏切って、あなたたちを傷つけて」

「姉ちゃんから、聞いた」


蒼汰は静かに答えた。


「そう……全部、お母さんが悪かったの。お父さんは何も悪くない。あなたたちも、何も悪くない。全部、お母さんの責任」


母は泣いていた。蒼汰は、母を慰めることができなかった。ただ、黙って見ているしかなかった。


「お母さんは、大切なものを失って初めて、それがどれだけ大事だったか気づいたの。お父さんの優しさ、あなたたちの笑顔、温かい家族。全部、当たり前だと思ってた。でも、それは当たり前じゃなかったの」


母の言葉は、心からの後悔に満ちていた。蒼汰は複雑な気持ちだった。母を憎むべきなのか、哀れむべきなのか。答えは出なかった。


「お母さんのこと、許してくれとは言わない。ただ、お母さんは毎日、自分のしたことを後悔しながら生きてる。それだけは、わかってほしい」


蒼汰は頷いた。


「わかった。でも、俺、まだお母さんのことをどう思えばいいのか、わかんない」

「それでいいの。無理に答えを出さなくていい」


母は寂しそうに笑った。その日以来、蒼汰は母と定期的に会うようになった。年に数回、カフェで会って話をする。母は蒼汰の成長を喜び、学校のことを心配し、まるで普通の母親のように接してくれた。でも、蒼汰の心の中では、母への感情は複雑なままだった。


大学に入学した蒼汰は、法学部で家族法を学んだ。離婚、親権、養育費、慰謝料。自分の家族が経験したことを、学問として学ぶ。それは不思議な感覚だった。授業で不貞行為について学んだ時、蒼汰は母のことを思い出した。母は法律的にも、道徳的にも、間違ったことをした。でも、母も一人の人間だ。完璧ではない。間違いを犯すこともある。


大学三年の秋、蒼汰は父と二人で話をする機会があった。姉は仕事で遅くなり、家には父と蒼汰だけだった。


「お父さん、聞いてもいい?」


蒼汰は切り出した。


「何だ?」

「お母さんのこと、今でも憎んでる?」


父は少し驚いた表情をした。それから、静かに答えた。


「憎んではいない。もう、そんな感情は消えた」

「じゃあ、許したの?」

「許したわけでもない。ただ、過去のことだと受け入れただけだ」


父は続けた。


「お前、お母さんと会ってるんだってな」

「うん。怒ってる?」

「怒ってない。お前が会いたいなら、会えばいい。それはお前の自由だ」


父は優しく笑った。


「お父さんは、お母さんを許せないの?」


蒼汰が聞く。父は少し考えてから答えた。


「許せないというより、もう関係のない人なんだ。二十年以上一緒にいた相手だから、完全に忘れることはできない。でも、もう愛情はない。ただの、昔の知り合いみたいなものだ」


蒼汰は父の言葉を噛み締めた。父は、母への感情を整理したのだ。憎しみでもなく、愛情でもなく、ただ過去として受け入れた。それが、父なりの答えだったのだろう。


「お前は、お母さんをどう思ってる?」


父が聞く。


「わかんない。許せないけど、完全に嫌いにもなれない。お母さんは確かに悪いことをした。でも、今は後悔してる。それは伝わってくる」

「そうか」

「俺、どうすればいいのかな」


蒼汰は父に聞いた。父は蒼汰の肩に手を置いた。


「お前が思うようにすればいい。誰かに答えを求める必要はない。お前の人生だ、お前が決めろ」


父の言葉は、いつも的確だった。蒼汰は頷いた。


そして成人式の日。蒼汰は振袖姿の同級生たちと写真を撮り、久しぶりに会った友人たちと話をした。式が終わった後、蒼汰は一人、公園のベンチに座った。二十歳。大人になった。これから、自分の人生を自分で決めていかなければならない。


スマホに母からメッセージが届いた。


『蒼汰、成人式おめでとう。立派な大人になったね。お母さん、本当に嬉しい』


蒼汰は返信を書いた。


『ありがとう。お母さんに、会って話したいことがある』

『いつでもいいよ。いつがいい?』

『今日、これから会えない?』


数分後、返信が来た。


『もちろん。いつもの場所でいい?』

『うん』


蒼汰は駅前のカフェに向かった。母はすでに待っていた。十年前よりさらに老けた母。でも、その目には温かさがあった。


「おめでとう、蒼汰。立派になったね」

「ありがとう」


二人は席に座った。蒼汰は深呼吸をしてから、口を開いた。


「お母さん、俺、ずっと考えてた。お母さんのことを、どう思えばいいのか」


母は黙って聞いていた。


「お母さんがしたことは、許されないことだと思う。お父さんを裏切って、俺たちを傷つけた。それは事実だ」


母は頷いた。


「でも、お母さんも人間だ。間違いを犯すこともある。それを後悔して、償おうとしている。それも事実だ」


蒼汰は続けた。


「俺、大学で法律を学んでる。その中で、人間の弱さとか、罪と罰とか、いろいろ考えさせられた」


母は涙を浮かべながら聞いていた。


「お母さんは罪を犯した。その罰を受けた。全てを失った。でも、それで終わりじゃない。これからどう生きるかが大事なんだと思う」


蒼汰は母の目を見た。


「俺は、お母さんを完全には許せない。でも、お母さんを拒絶することもしない。お母さんは、俺の母親だから」


母は声を上げて泣いた。蒼汰は初めて、母の手を握った。


「お母さん、これからも会おう。年に何回かでいい。俺の成長を見守ってほしい」

「蒼汰……ありがとう……」


母は何度も頭を下げた。蒼汰は少し笑った。


「でも、お父さんや姉ちゃんに無理に会おうとはしないでね。あの二人は、まだお母さんを許せないと思うから」

「わかってる。それでいいの。私は、あなたがこうして会ってくれるだけで十分」


母は涙を拭いた。


「蒼汰、お母さん、約束する。もう二度と、誰かを裏切るようなことはしない。あなたが誇れる母親になる」

「うん」


蒼汰は頷いた。それから二人は、しばらく他愛もない話をした。大学のこと、将来の夢のこと、最近読んだ本のこと。普通の母子の会話。それが、蒼汰には嬉しかった。


カフェを出る時、母が言った。


「蒼汰、お父さんによろしく伝えてね。本当に、いい人を裏切ってしまった。お父さんには、幸せになってほしい」

「伝えとく」


蒼汰は母と別れ、家に帰った。父と姉が夕食の準備をしていた。


「お帰り、蒼汰。成人式どうだった?」


父が聞く。


「楽しかった。それと、お母さんに会ってきた」


姉が少し驚いた表情をしたが、何も言わなかった。父も、静かに頷いただけだった。


「お母さんが言ってた。お父さんに幸せになってほしいって」


父は少し笑った。


「そうか。俺はもう十分幸せだよ。お前たちがいるからな」


三人で食卓を囲む。以前のような四人家族ではない。でも、それでも温かい。蒼汰は思った。家族の形は変わった。でも、それでもいい。大切なのは、互いを思いやる気持ちだ。


姉の紬が言った。


「蒼汰、お前、お母さんと会い続けるつもり?」

「うん。それが俺の答えだから」

「そっか。私は会わないけど、お前の選択は尊重する」


紬は笑った。


「ありがとう、姉ちゃん」


父も言った。


「お前が決めたことなら、お父さんは応援する。ただ、無理はするな」

「わかってる」


蒼汰は二人に感謝した。自分の選択を尊重してくれる家族。それが、何よりも嬉しかった。その夜、蒼汰は自分の部屋で、十年間の思い出を振り返った。十歳で両親が離婚し、母と離れた日。父と姉と三人で新しい生活を始めた日。真実を知った日。母と再会した日。そして今日、成人式の日。


蒼汰は自分なりの答えを見つけた。母を完全には許せない。でも、拒絶もしない。それが、柊蒼汰の選択だった。父は父の道を歩む。姉は姉の道を歩む。母は母の道を歩む。そして蒼汰は、蒼汰の道を歩む。それぞれが、それぞれの答えを持って生きていく。それでいいのだと、蒼汰は思った。


窓の外、冬の星が輝いていた。二十歳になった蒼汰の前には、広い未来が広がっている。過去に縛られず、でも過去を忘れず、前を向いて歩いていく。それが、蒼汰が選んだ生き方だった。


蒼汰は静かに誓った。自分は、家族を大切にできる大人になる。誰かを裏切るようなことはしない。父のように誠実で、姉のように強く、そして母の過ちから学んだ人間として生きていく。


それが、柊蒼汰の決意だった。十年間の葛藤の末に辿り着いた答え。それは、誰かに決められたものではない。自分で考え、自分で選んだ答えだった。


そして蒼汰は、新しい一歩を踏み出す。成人として、大人として、自分の人生を歩んでいく。

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