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私の捻れた彼氏  作者: 國村城太郎


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第9話 強さと美しさ

 あれから一週間、仕事から帰って寝るまでの時間のほとんどを使って絵筆を握って制作の続きをしていた。

 換気の度に窓を開けるが、そろそろ夜の外の空気は冷たいものになってきて、集中した身体の熱を取ってくれる。

 

 珠樹くんからは、毎日無理しないでというメッセージが、なぜか友梨香からは、早く完成させろという正反対のメッセージが、それぞれ毎日届いた。

 

 そして、次の週末、私と珠樹くんは、うちの近所の河川敷に来ていた。


 もう一枚渾身の絵を描くために、珠樹くんには、道着を着てきてもらった。


「では僕の習っている陳式太極拳ちんしきたいきょくけん忽雷架(こつらいか)……空手の型みたいなものです。それを今からやりますから見ていてください。」


 静かに珠樹くんの手が円を描くように動き、まるで体重がないかのような脚さばきで動き、そして大地を踏み締める瞬間、突然体重が戻ったかのようにすごい音が地面で鳴る。

 

「ハッ!」


 攻撃と思われる動きになった時には鋭い声が、あのいつもは優しい声が出る唇から、別人のように力強く飛び出す。

 

 しばらくその動きに見惚れる。相変わらずあの時と同じように美しい。この美が、私をおかしくしたんだな。そう考えながら、珠樹くんの、一挙手一投足に、ただただ魅せられていた。

  

 それは、同時に、珠樹くんに惚れ直させられている時間とも言えた。

 

 ついには、珠樹くんの動きが止まって、一礼してから、こう言った。

 

「以上です。どうでしたか?」

 

「専門的な事はわからないけど、すごく生命力に溢れていて美しかった。それにあの脚で地面を踏む動き、あれは確かに部屋じゃ無理だね。下の階の人が怒鳴り込んできそうだ」

 

震脚しんきゃくといって、重心を落とすことで、威力を増すための動きなんですけど、確かにすごい音が出てしまいます」

 

「ありがとう。今みたイメージを忘れないように、後は部屋に戻ってポージングだけおねがいしていいかな?」

    

「わかりました」

 

 そうして私はアトリエに戻って、下絵を描き始めた。

 

「ポーズの前に、ちゃんとした動きを見せてもらっててよかった。あれを見てないと、ただのポーズを描いただけにしかならなかったと思う。あの動きをイメージして描かないと意味がないから」

 

 そうして、ゆっくりともう一度型に合わせた動きをしてもらい、描くポーズを決めて、休憩を挟みながら、下描きを終わらせた。

 

 お昼時になって、食事の準備をしていると突然、来客を告げるインターホンが鳴った。

 オートロックの外からの呼び出し音に、ディスプレイを覗き込むと、そこに3年ぶりの友梨香の顔があった。通話のボタンを押すとすぐ押しの強い声が聞こえてくる。

 

「早く、開けなさいよ」

 

「何しにきたんだよ?」

 

「絵の様子を見に来たに決まってるじゃない、今日、珠樹くんが来てるのは本人から聞いてるんだから、彼に渡しちゃったら簡単に見れなくなるでしょう?」

 

 仕方なくオートロックをあけるボタンを押し、玄関のドアの鍵を開けに向かう。

 

 しばらくすると、ガチャリと遠慮のそぶりもなく玄関のドアが開けられて、友梨香が入ってきた。

 

「ここに、来るのも久しぶりだわ。それにしても、相変わらずいい家ねぇ、まぁ、あんたの甲斐性のしろものじゃあないけど」

 

「余計なお世話だ、ちょうどお昼作ってたが、食べるか?」

 

「ふっふー。狙い通りね、もちろん、いただくわよ」

 

 そう言って勝ち誇るように腕を組むと、ダイニングに入っていく。

 

「やっほー、珠樹くん、久しぶり」


「お久しぶりです。友梨香さん」

 

 そうして、3人で、ポトフを食べた。多めに作っておいて正解だった。

 

 いつもは向かい合わせで座るのだけど、今日は友梨香が向かいの席に座り、私達は横に並んで座った。

 今日も、美味しそうに嬉しそうに食べる珠樹くんを私は横を向いてじっと見つめていた。

 

 そのせいで、そんな私達を、温かい目で友梨香が見守っていたのには、まったく気づかなかった。


「はぁー、食った食った。聡介、先日描いた方の絵、みせなさいよ」

 

「ほんっとにおまえ、遠慮ないな、黙ってたらミス○○美大って言われてたのを思い出したぞ」

 

「お二人、ホントに仲がいいですね」

 

「ええ?こんな憎まれ口ばかりなのにか?」と私が驚いて聞き返すと、珠樹くんはこう言った。

 

「気付いてます? お二人とも、お互いと話す時には、とっても言葉が砕けてますよ。丁寧さを忘れていいくらい親しい証拠ですよ。僕もいつかは、お二人とそんな風に話せればいいなと、うらやましく思ってます」

 

「簡単よ、聡介と君、私と聡介は友達だから、私と君が友達になればいいのよ」


「そんなこと、良いのでしょうか?」

 

「良いに決まってるじゃない。女の私、怖くない? それが大丈夫なら、私は君と友達になりたいよ」

 

「ありがとうございます。僕、嬉しいです」

 

「私も嬉しいわ、よろしくね。でぇ、それはそれとして、さ、絵を見せて、アトリエかしら?」

 

 そのままアトリエの方へ歩いていく友梨香を私は呼び止めた。

 

「待て、そっちの絵は、寝室の方に置いてる、持ってくるからちょっと待っててくれ。」

 

 私は寝室に入ると、珠樹くんの絵を持って戻る。

 

「ほら、これだよ」

 

「うわぁ、こんなに素敵に描いてくれてありがとうございます。」

 

「良いじゃないの? でも私が昔描いてもらったのより、出来いいのは、なんか腹立つわね」

 

 相変わらず憎まれ口を叩くが、その目は笑っている。

 

「さすがにこれ、今日は持って帰れないですね。今度これが入るくらい大きなカバン持ってきます」

 

「ねぇ、珠樹くん、あなた家どこ?」

 

「えーと、○○区の方ですけど、何か?」

 

「今度、家まで責任持って届けるから、この絵、10日程預かってもいいかしら?」

 

「何考えてんだ? 友梨香」

 

「ちょっと、評判見てみたいと思ってね。この絵、うちの画廊に売約済みの札をつけてしばらく飾ってみたいの、うちの店に来るお客さんが見てどう思うか、いいかな? 珠樹くん」

 

「僕は構いませんよ」

 

「珠樹くんがいいなら、私もいいぞ」

 

「ありがとう、じゃあ預かるわね」

 

 こうして、作業中の珠樹くんを描いた絵は、一旦友梨香に預けられ、香坂画廊に一時飾られることになった


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