第7話 居酒屋の3人
帰り道に前回のようなトラブルに遭うこともなく、3人は前回と同じターミナル駅まで戻って、打ち上げ場所を探しはじめる。
「いいとこあるから、案内するわ」とそう言う友梨香に反論することもできず、創作料理の居酒屋に入り、奥の個室に自然に案内される。
「いつも来てるのか?」
「ええ、仕事で時々ね。そんなにお高いお店じゃないから大丈夫よ、安心して」
ちゃんと手間のかかったお通しから始まり、美味しいおつまみとお酒が出てくる。メニューを見ても極端に高い事も無い、確かに穴場のお店だ。
二人の知り合ったきっかけから、中国武術の話に飛び、友梨香は珠樹くんの腕をなにげなく触ろうとする。
「へぇ、珠樹くん、中国武術なんかやってるんだ、ちょっと腕触らせて……」
「イヤッ!」
反射的に手を振り払って部屋の隅に逃げて角の柱に当たってしまい、ガタッと大きな音を立ててしまう。
「あ、僕……ごめんなさい」
「珠樹くんはね、女性が苦手なんだよ。だからあまり安易に近づかないであげてくれ」
「そうなんだ、突然近づいて、ごめんね」と言うと、素直に頭を下げる友梨香。こういう所が好きだったんだなとふと思い出す。
「大丈夫ですよ、友梨香さん、僕の方こそ、手を振り払ってしまって、痛くなかったですか?」
「うん、私は全然大丈夫。それより大きな音がしたけど、珠樹くんこそ大丈夫?」
「はい、これくらい、平気です。鍛えてますからね」
そう言ってニッコリ笑う珠樹くんはそのまま友梨香に話しかける。
「お仕事で来るって言ってましたけど、どんな仕事されてるんですか?」
「私はこういう仕事をしているわ」
友梨香は懐から名刺入れを取り出すと、名刺を一枚抜き出して、珠樹くんに渡す。
「香坂画廊……え?画廊を経営してるんですか?」
「まさか、父の画廊よ、一人娘だから一応、将来は後を継げとは言われてるけどね」
「そうなんですか、凄いですね」
「そういう珠樹くんは?何の仕事をしているの?」
「僕は……、普通の会社で、経理課に配属されたばかりで、今はまだ雑用係みたいなものです」
「そっか、新入社員だものね、頑張ってね」
「ありがとうございます」
友梨香はコミュニケーション能力の申し子で、相変わらずあっという間に人の間に入ってくる。
「聡介もきちんとした絵を描く事があれば連絡してよ。でき次第で、売り込むなり、賞を狙うなり、アドバイスするわよ」
「あ、じゃあ今度描く絵を……」と珠樹くんが言い始めると、覆いかぶせるように友梨香が言葉を重ねてくる。
「え?聡介ちゃんと絵を描くの?」
「はい、僕をモデルに2枚描く約束してて、1枚は僕が買い取ることになってますけど」
「完成したら必ず連絡して、絶対に見せてね、約束したわよ」
「やれやれ、こう言い出したら聞かないよな、わかった、でき上がったら連絡するよ」
「約束したわよ、時々経過聞くからね、ちゃんとメッセージ返事しなさいよ」
「お二人仲良いんですね」
「ただの腐れ縁だよ、さて、飲み過ぎたな、ちょっとお手洗いに行ってくるよ。」
ちょっと頼りない足取りで、私はトイレを探して個室の外に出る。部屋には友梨香と珠樹くんが残される。
「あ、あの、友梨香さんは聡介さんの事、今でも好きなんでしょうか?」
「ずいぶん気にしてるみたいだから、はっきり言っておくけど、あいつの絵の才能は今でも好きだけど、男としてはねぇ、気持ちは一度終わってるわ」
「で、珠樹くんは、聡介のこと、どう思ってるの? おねーさんになんでも相談しなさいな」
「そんな僕なんかは、聡介さんに思ってもらうような資格ないですし……」
「うーん、性別の事? びっくりしたけど、私の見る限り、あいつ君の事をかなり気にしてるよ、好意を持ってるのは間違いないわね。恋人としてというほどの気持ちなのかどうか流石にこの短時間じゃ、わかんないけれど」
「友梨香さんは、男なのに、男の人が好きとか、気持ち悪くないですか?」
「うーん、好きな人が男だったなら、しょうがないんじゃない? 男だからじゃなくて、私は聡介という人間が好きだったわ。絵を諦める諦めるって女々しい事ばかり言うから、呆れて放り出しちゃったけどね」
「そうですか、一人の人として好きならば……ですか」
「そう、絵の才能は間違いなくあるし、地味に料理も上手だし、付き合うには悪い男じゃないわよ、何かあったら連絡して、いつでも相談に乗るから、その名刺の電話かメールに連絡してくれればいいわ」
そう言った所で、聡介が部屋に帰ってきたので、そこで二人の内緒話は打ち切りとなった。
酒と料理も進み、宴は解散となる。
「じゃ、お二人さん、私はお先に、その辺でタクシー拾っていくから、聡介、ちゃんと駅まで送りなさいよ、ああ、でもなんかあったら、聡介の方が守ってもらう方になるのか、珠くん、強いんだもんね。珠樹くん、聡介をちゃんと送ってあげてね、じゃあ」
「いいからさっさと乗れ、タクシーが待ってるだろうが、この酔っ払いめ」
私は友梨香をタクシーに押し込むと、珠樹くんを振り返って、行こうかと促す。
「うるさかったろ、それに女嫌いなのに、ごめんね」
「いえ、楽しかったです。気持ちよい人ですね、女の人は基本苦手なんだけど、性別じゃなくて人として、いい人だなって思ったら一緒にいても大丈夫でした」
「そうか、気持ちいい性格してるからかな。さ、駅まで一緒にいこう」
そうして、私達二人は、駅までの道を次回のモデルをしてもらう段取りなどを話しながら、仲良く歩いていった。
途中人が増えてきた。どうも近くで大きなイベントがあったらしく人が大量に歩いている。
「はぐれないように、手を繋いでいいかい?」
ドキドキする鼓動が相手に聞こえるんじゃないだろうか? と心配しながら、問いかける。
「いいですよ」
そう言って彼の方から手を伸ばしてくれた。
握手よりも、ずっと長い時間、手を握り続ける喜びを心に秘めながら、駅への道が永遠に続けばいい、そう思っていた。
その手はとても柔らかく、男の粗野さを感じさせない、繊細な感触だった。
不定期連載となりますが、完結までお付き合いください。
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