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私の捻れた彼氏  作者: 國村城太郎


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第3話 アトリエに招待

 次の週末、私は必死に部屋を片付ける。寝に帰るだけだと思ってたが、意外にいろんなものが転がっている。

 

 独身一人暮らしには不似合いな3LDK、私のものではなく実は、叔父の所有する物件だ。建築技術者の叔父は叔母と、子供を連れて今はドバイに海外赴任中で、大規模な建設プロジェクトに携わっているらしい。

 

 一部屋は、叔父達のもので埋まってるが、一部屋は私の寝室、もう一部屋はアトリエとして使わせてもらっている。


 作業を一緒にするならアトリエだなと検討をつけて、雑多に散らかってるアトリエを掃除する。共用部であるリビングやダイニングキッチンなどは、たまにうちの家族や、一時帰国する叔父達が来るので整理されているが、その分、自室とアトリエは、割りを食うことになっているのだ。

 何せ独身の30男の一人暮らしであるから、リビングなどが、綺麗なだけで十分奇跡だろうと言いたい。

 

 何とか週末を潰して、片付けを済ませて、翌週の土曜日を待つ。

 

 時々、メッセージアプリにDMがくる。

 気候の話、仕事の話、たわいもない会話がやりとりされるうちに、一週間が経ち、約束の日が来た。

 

 不思議とうきうきする気持ちを抑えきれぬまま、徒歩8分ほど歩いて最寄り駅に向かう。スマホで時計を確認するが、このままいけば約束の時間に間に合うと思いながら、駅に着くとそこには、すでに待ち合わせ場所に立つ珠樹の姿があった。

 

 駅前のベンチに座る小柄な姿、やっと秋らしくなってきた涼やかな風が、短い黒髪を揺らしている。

 一瞬、その姿に見蕩れてしまう。しかし、彼を待たせているという事実に思い至ると、慌てて駆け出して、彼の前に向かう。

 

「ごめん、待たせたね」

 

 かけられた声に、こちらを見た珠樹くんの顔が屈託のない笑顔に変わり、その唇から優しい言葉が漏れ出す。

 

「まだ待ち合わせ時間の前ですから、例え待ったとしても僕の勝手でしたことですから、気にしないでくださいね」

 

「それでも、ごめん。さぁ、行こうか」

 

 私は立ち上がる彼に手を伸ばし、その手を取って引っ張り上げる。そして、そのまま握手するようにギュッと手を握った。

 

「今日はわざわざ来てくれてありがとう、案内するよ、ついて来て」

 

 ついさっき一人で歩いて来た道を今度は二人で逆からなぞる。

 

「さぁ、入って」

 

 私は彼を自宅に招き入れた。

 

「え?広い……一人暮らしなんですよね?」

 

「ああ、ここ、ホントは叔父の家なんだよ。私は住み込みの管理人みたいなものかな。叔父は家族で海外赴任していてね。誰も住まないと荒れちゃうから、私が住まわてもらってるだけなんだよ。さぁ、こっちがアトリエだから、ここで作業しよう」

 

 私は彼をアトリエに案内し、急遽購入した、作業机と椅子を指さす。

 

「ここで、作れそうかな?」

 

 尋ねる私に、荷ほどきをして、何かプレスするような機械を取り出した彼が、机に缶バッジをつくる為であろうその機械をネジで万力のような留め具で、机に固定する。

 

「はい、問題なさそうです」 

 

 その後、作り方の説明を受ける。バッジのサイズの丸い紙に絵を描くか印刷する。それを缶バッジになっている台座部分と、透明なカバーでプレスするようにして、作るらしい。

 

「絵は大量に作るなら印刷とかカラーコピーですけどどうしますか?」

 

 そう珠樹くんが尋ねてくる。効率が悪い事この上ないが私にとっては絵を描く事が目的なのだから、最初から答えは決まっていた。

 

「手書きに拘りたい」

 

「そう言うんじゃないかと思ってました。描くの本当にお好きなんですね。そういう拘り、素敵だと思います。僕達お仕事でしてるわけじゃないですしね。じゃあ、こちらの紙に書いていってもらえますか?その間、僕は自分の作業させてもらいます」

 

 私が机の反対に座って、猫の絵を描き始めると、彼もアクセサリーの作成を始めたようだ。描くのに集中していると、彼の存在が意識の外になっていき、私は描く事に没頭していった。

 

「聡介さん、聡介さん……」

 

 遠くで呼ばれたような気がしたと思ったら、、肩をトントンと遠慮がちに叩かれる。

 

「あれ?」と顔をあげると、至近距離に、珠樹くんの顔があった。何故か赤面したのがわかり余計に動揺してしまい、話しかけた。

 

「珠樹くん、どうして……あ! ごめん、集中し過ぎると周りが何も見えなくなるんだ」

 

 手を合わせて頭を下げる私に、珠樹くんが優しく声を掛ける。

 

「すごい集中力でびっくりしましたよ、呼んでも全然反応がないし。もうお昼だいぶ過ぎちゃいましたから、一度休憩してお昼食べませんか?」

 

「そうか、もうそんな時間か、びっくりしただろう? ごめんね」

 

「びっくりはしましたけど、謝るような事じゃ無いですから。それでお昼はどうしますか?」

 

「珠樹くん、鶏肉とトマトは大丈夫?」

 

「はい、どちらも好きですけど……」

 

「いつも絵を描くとこうなっちゃうので、あらかじめご飯を用意するようにしているんだ、ダイニングキッチンに来てくれる?」

 

 そう言って私は彼をダイニングテーブルに座らせると、電熱調理器で保温してある、朝のうちに作っておいた鶏の煮込み料理を二つの深皿によそうと、テーブルに運ぶ。

 後は、パンと炭酸水をグラスに準備する。

 

「イタリア料理で、鶏をトマトソースで煮込んだもので、『カチャトーラ』っていうんだ、、口に合うといいんだけど」

 

「すごい、これ聡介さんが、作ったんですか?」

 

「煮込みだと、まとめてつくっちゃえるからね、休日くらいで、いつもは買って来た弁当とかで済ませちゃうんだけどね」

 

 そう笑う私に、本当に感心している表情で、珠樹くんが褒め称えてくれる。

 

「休日だけでもすごいですよ、僕料理はからっきしで……」


「慣れてると簡単なんだけどね、まぁそれはともかく、食べようか、匂い嗅いだら、お腹空いてるのに気付いたよ。お口にあうといいんだけど」

 

 彼は、手をあわせると「いただきます」と小さく口にして、食べ始める。育ちの良さが感じられた。

 

「すごーい、美味しいです」

 

 弾けるような笑顔で、彼がそう言ってくれる。それがとても嬉しくて、私は照れながら話す。

 

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 ぱくぱくとおいしそうに、鶏肉を頬張っていく彼の顔を、私は飽きることもなくじっと眺めていたのだった。


不定期連載となりますが、完結までお付き合いください。


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