エピローグ 出産 未来の光景
「さあ、お母さん、しっかりいきんで。お父さんは、手を握ってあげてください」
助産師さんの声が分娩室に大きく届いている。
「はい、あわせて、ひっひっふー」
「ひっひっふー」
珠樹が苦しがりながら必死に呼吸法をしている。
「ひっひっふー」
つい、私まで真似してしまう。
「いいですよ、お父さんも一緒にあわせましょう」
「ひっひっふー」
と三人の声が重なる。
「あたまが見えてきましたよ、さぁ、あともう少し」
「うぐぐ」
呻いた珠樹が私の手を握りつぶさんばかりに強く握る。とても苦しそうで、でも目を逸らしちゃいけない、私たち二人の子供のために、こんなに頑張ってくれているんだから、とそう思い、珠樹を私ははげます。
「がんばれ、珠樹」
「う、うん、頑張るよ……うぐぅっ……ひっひっふー」
「よし出た」
産声をあげない赤ちゃんを、産科医さんが抱いて部屋の端に集まっているスタッフのもとへ連れて行った。心配しながら私は、そちらを見つめている。彼等が何かしているとしばらくして
「オギャー」と大きな声が轟いた。
「はい、元気な女の子ですよ」
と助産師さんの声を聞いた瞬間、私はボロボロと涙が滝のように流れ出して止まらなくなる。
「ありがとう、ありがとう、ほんとにありがとう」
「もう、そんなに泣かれたら、こっちは泣けなくなっちゃったよ」
そう疲れ切った珠樹が、かすれるような声で言っている。
「はい、お母さんの処置をしますから、お父さんは、娘さんを抱いてあげてください」
そう言われて私は自分の娘を大事に抱き取った。とても小さくて軽くて、それなのに命の重さを感じて、やはり涙は止まらなかった。
その後、お母さんとお子さんは休むので、お父さんは帰ってくださいと言われ、病院を追い出されて、私はまだまだ暗い夜と朝の境目の、明け方の道を歩いた。
昨夜、夕飯前に珠樹の痛みが強くなり、タクシーを飛ばして病院に向かって、考えたら昨日の昼から何も食べてないことに気付いて、コンビニに寄って、コーヒーとパンを買った。
通りすがりのベンチに座って、パンを囓りながら、さっき抱いた娘の感触を思い出す。
いけない、また涙が……これじゃあ怪しい人だよ。そう思いながら、ハンカチをぐっしょりと濡らした。
始発の動くのを待って、家に戻ると、流石に眠気が襲って来て、ベッドに倒れ込んだ。
子育ては、二人で協力しつつ、仕事も両立しながら頑張った。産休取るにはもっと会社を大きくしないと無理だ。とはいえ、家で仕事ができるのは、とても助かった。出勤が必要な状態ではとても生活も仕事も回らなかったと思う。
友梨香が仕事の手伝いによく来てくれて、ついでに、娘、「優愛」の相手をしているうちに、自分もとなったのか、結婚を急いで、一年後にはお腹が大きくなっていた。
二歳年下の仲良しになってくれると嬉しいと思う。
すこしづつ娘が大きくなって、「ママ」「パパ」と喋り始めた時には、二人で喜び合った。
「うれしい、ずっとママでいいや、僕」
感動して珠樹がそう言う。
「すごいな、ちゃんとしゃべってる。でも私は、珠樹って呼ぶよ。ママとは呼ばない」
「頑固だなぁ、聡介は。わかった。僕たちの間では、それでいいよ。でも保育園じゃ優愛ちゃんママと、パパだからね」
「ああ、わかったよ」
珠樹は、もう女性を怖がることもなくなり、保育園の他のママさんたちとも、仲良くしているようだ。
それでも、今でも、二人きりの時だけは、珠樹は私の、大切な『彼氏』なのだ。
「いつまでも、愛してるよ」
「僕も、ずっと愛してる」
そうして私たちは、今日もまた、この素敵な彼と私とで、ずっと恋をし続けている。
これにて完結になります。
最後まで、読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
また別の作品でお会いできると嬉しいです。
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