第22話 珠樹の家を訪ねて
珠樹と相談して、今週末は今居家へ、来週末には、墨田家へ挨拶に行くという事で話しがまとまった。
私は授賞式用に誂えた新しいスーツを着ていく事に決めた。
「珠樹は、格好はどうする?」
私が訪ねると、珠樹は首をかしげながら答えた。
「聡介さんのところに行く時は、移動もあるしラフな格好でいいかなと思う。ウチの家に行くときは、いつものスリーピースでいいかな。苦情は僕に引きつけた方が、聡介さんが楽な気がする」
「何でも、君がしたい格好をしてほしい。場所を弁えろなんて言わないから」
「ありがとう、聡介さん。あ、ひとつだけ注意して、もし結婚式の話が出たら自分達で全部やるって言ってほしいの。もしもウチの家でやるってなったら、お色直し何回、大きなホテルで、来賓もたくさん招いてなんて、大げさなことをしたがるに決まってるので、そこだけは強く拒否してほしいんだ」
「そ、それは、私も勘弁願いたいので、頑張って拒否するよ」
「僕は、極論、駆け落ちになってもいいって思ってるから。絶対に家に迎合しないでね」
「できれば、祝福してもらいたいのだけど、珠樹の嫌な事はもっとしたくないから、がんばるよ」
二人はそんな話をして、約束の日を迎えた。
高級住宅街の一角、大きな比較的新しい豪邸の前に私たちは立っていた。
「これは立派なお家だねぇ、びっくりした」
「ううん、でも、お父さん成功はしたけど、サラリーマン社長だから、別に先祖代々みたいなのでもないし、あまり気を使わないで、じゃあ入りましょう」
珠樹くんは私を伴って門に入り、玄関のドアを開けた。
「ただいまぁ、連れてきたよ」
そう言った彼と玄関に入ると、
「ようこそ、いらっしゃいました。母の今居恭子です」
そう言って、五十過ぎくらいの綺麗な女性が、迎えてくれた。
「さぁ、どうぞあがってください」
床の間のある和室に通される、そこに並んで座るように促されて、下座に並んで座った。
「今、お父さん、呼んでくるわね」
そういって、お母さんは席を外した。
私が緊張した顔をしていると、そっと珠樹が手を握ってくれた。その温かさに元気をもらって、気持ちを切り替えようとする。
しばらくして、ふすまが開き、父親だろう眼鏡で肩幅の広い押しの強そうな六十前くらいの男性と、どこかその父親に似た雰囲気のある年配の女性が、母親と一緒に入ってきた。
「お茶入れますね」と母親は持ってきた茶碗と、急須を準備する。
前に、父親と、おそらく祖母であろう女性が前に座って、最後にお茶を入れ終わった母親が、父親の横に腰掛けた。
「いらっしゃい、はじめまして、珠樹の父の今居武彬だ、こちらは私の母で、和子」
私たちは、二人で頭を下げて挨拶をする。
「こちら、お付き合いさせてもらってる墨田聡介さんです」
「珠樹さんと、お付き合いさせていただいております。墨田聡介です。会社員としてデザイナーと、兼業で画業をしております」
そう自己紹介をした。受賞から、香坂画廊と正式に契約し、制作した絵を置いてもらうことが決まっており、副業ながら画家への道を私は歩きはじめていた。
「お付き合いというのは、今後をどのように考えておられるんですかな?」
そう、父親に尋ねられた。
「はい、結婚を前提としてお付き合いさせていただいております」
私は、その場で、居ずまいを正すと、頭を下げてこう言った。
「珠樹さんを、私の配偶者として、いただきたいと思い、ご挨拶に参りました。必ず幸せに致します、どうかご許可をいただきたいと思います」
「聡介さんと一緒の家庭をつくっていきたいです。どうか結婚を認めてください」
合わせて、珠樹も頭を下げる。
「本人達がそうしたいと言うんだから、今時、許可も何もない、頭をあげなさい」
とそう父親が言う。
「画業と言いましたが、珠樹の部屋に飾ってある絵は貴方が?」
そう、さらに尋ねられた。
「はい、私が描かせていただきました。また、もう一枚、モデルになってもらった絵で、日本美術コンクールに入選させてもらいました」
と、そう私が答えると、
「そうですか、あれを貴方が……とてもよい絵でした。どれだけ貴方がこの子の事を思ってくださっているのか判るような、素晴らしい絵でした。不束な娘ですが、どうかよろしくお願いします」
そういって、父親が頭を下げる。
「この子、花嫁修業とか全然しないので、料理とか全くできないですけど、大丈夫でしょうか?」
と心配そうに母親が聞いてきた。
「料理なら私が得意ですので、二人で助け合って生きていきたいと思ってます」
とそう私が答えると、母親は安堵したように、「よろしくお願いしますね」と言ってくれた。
「この子ったらせっかく婚約者さん連れてきたので、こんな格好でごめんなさいねぇ」
そうお祖母さんが声をかけてきた。
一瞬、どうしようかと迷った私は、きちんと思いを伝えることにした。
「珠樹が、好きな格好をしてくれるのが私の嬉しいことなので、本人が好きならどんな格好でも、私は好きですよ」
と、そう答えると、お祖母さんは、
「あらまぁ、今時の若い人は変わってるのねぇ……」
と、口ごもった。
「お母さん、珠樹の絵を見に行ってみませんか、珠樹、部屋にお祖母さん連れて行こう」
そうお父さんが言って、私は母親と二人、部屋に残される。どうしたものかと様子を伺っていると、向こうから話しかけてきた。
「あの子、随分変わっているでしょう? まるで男の子みたいに振る舞ってばかりで」
「お義母さん、ご心配なく。変わっていようが、なんだろうが、そのままの珠樹が私は、大好きなんですよ。二人で必ず、幸せになって見せます。どうか見守っていただければ嬉しいです」
「お父さん、あの子が結婚できないんじゃないかって心配してて、こないだも無理矢理見合い話持ってきたりして、あの時にはもうお付き合いなさってたんですよね?」
「ええ、そうですね」と乱入して見合いの邪魔をした事を思い出してひやりとしながら答えた。
「ちゃんとあの子のことを見てくれる素敵な男性を連れてきて、私も安心しました。どうかあの子のこと、よろしくお願いします」
そう言って涙ぐむ珠樹の母に私は心からの誓いを返した。
「お任せください、必ず二人で幸せになります」
そんな話をしていると、珠樹たちが戻ってきて、興奮したように、「すごいわぁ」と褒めるお祖母さんにいろいろとお話をされて、過ごしていると、奥から酒瓶を持ってきた父親が、尋ねてきた。
「聡介くんは、こっちはいける口かね?」
「まあまあ、お父さん、まだこんな早くからお飲みになるんですか?」
とそう聞く母親に、
「あたりまえだ、義理でも息子になる男だ、息子と飲むのが、私の夢だったんだからな」
「そうですねぇ、兄の一樹とは飲めなかったですものねぇ」
と母親が話す。
「お兄さんって何かあったのか?」
と私は珠樹に耳打ちしてこっそり尋ねると、彼は小声で教えてくれた。
「兄さん、体質上、一滴も飲めないんですよ。成人したら一緒に飲むんだって楽しみにしてたから、父さん」
これは、覚悟を決めて、付き合おうと考えて、私はにっこり笑って、将来の義父に声をかけた。
「お義父さん、私でよかったら、飲みましょう」
そのあと、痛飲する父親に付き合って私が大変な目にあっている時に、珠樹は「父さん高知出身のざるなのよ。ごめんね、今日だけは付き合ってあげて」と申し訳なさそうに言ったのだった。
そうして私は初対面の家で泥酔して帰れなくなり泊まって帰るという醜態をさらした。
深夜、客間で横になり朦朧としている私の頭が柔らかいものにのっているのにぼんやり気付いて目をあけると、そこに、こちらを見つめている珠樹の顔がすぐそばにあった。
どうも膝枕されているらしい。
「あ、起こしちゃった。ごめんね、父さんがめちゃくちゃ飲ませて」
「ああ、酔い潰れちゃったのか、こちらこそこんなになってごめん」
「仕方ないよ、あれだけ飲まされたら、倒れて当然だよ。それに父さん凄い喜んでいたから安心してね、それに、こうしてお家に聡介さんが泊まってくれているのも嬉しいよ」
「ああ、そうか、泊まっていくしかないよな」
「ねぇ、キスしていい?」
「酒くさいぞ?」
「大丈夫、僕だって飲んだしね」
「珠樹が酒強いのは、お父さん譲りなんだな」
「いつ酔い潰れても僕が面倒みてあげるから、安心してね、そんなことより……」
珠樹の顔がぐっと私の顔に近づいてきて、私たちは唇を重ねた。
深夜の今居家の客間で、無言のまま、重なり合う影は、しばらくそのまま離れることはなく、窓からさす月の光だけが、二人を照らしていた。
翌朝、醜態を晒したのを恐縮する私に、父親の機嫌はことのほかよく。私の今居家訪問は、結果的には大成功となった。
翌朝、二日酔いで痛む頭を抱えながら、そういえば結婚式の話は出なかったな……とぼんやり考えていた。
不定期連載となりますが、完結までお付き合いください。
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