第21話 吉報と決心
混乱のお見合い事件からしばらくたったある週末、私と彼の二人は、一緒にデートに来ていた。
午前は美術館、午後は、プロレス観戦という二人の趣味を詰め込んだデートコースとなった。
美術館を並んで巡る。大きな声で話すわけにもいかず、こそこそと話ながら、館内を巡っていく。
休憩スペースにきて、私は話しかけた。
「大丈夫かな? つまらない思いしてないか心配になってきたよ。あまり話せなくてごめんね」
「大丈夫だよ、聡介さんが楽しそうなのを見てるだけで楽しいです。それに、聡介さんって、好きな絵を見ると、止まって目が輝きだすから、すぐわかる。これが、あなたの好きな絵なんだなって思って、見るとそれも楽しくなってきたよ。不思議だね」
「気をつかってない? でもそう言ってくれてありがとう」
その後、今回のめだまとなる展示の、いわゆる名画というものを見に行った。
巨大な絵が飾られていて、人垣ができている。私たちもその中に紛れ込んで、その絵を見る。無意識に珠樹の手を握っていた。彼も感じ入るものがあったのか、握り返しながら、じっとその絵を見ている。
「凄い」と彼が呟く、「ああ、すごいね」と私もつぶやき返した。
離れてまた休憩スペースにきた。
「すごい力を感じたよ」
私がそう言うと、彼が笑って言う。
「そうだね、でも、こないだの聡介さんの絵だって凄かったよ。モデルが僕で申し訳ないくらい」
「珠樹より、素晴らしいモデルはいないよ、すくなくとも私にとってはね」
「もう、すぐそんなこと言って」と顔を真っ赤にする彼が今日も愛しかった。
美術館での時間が終わって、ランチを食べに行く。たまにはがっつりお肉を食べたいという彼の希望を聞いてステーキハウスにやって来た。赤身のお肉とサラダたっぷりのランチを食べて、デザートまで平らげてお腹いっぱいでお店を後にする。
「すっかりお腹いっぱいになっちゃいました
ね」
「腹ごなしに少し歩こうか?」
「はい、そうですね」
と、そんな会話をして、最寄りの駅に真っ直ぐ行かずに、わざわざ遠い駅へ歩いて向かった。
これまでは、スリーピースとか男性に見える事を強調していた格好が多かった彼だが、今日は動きやすい比較的ラフな格好をしている。
そのせいだろう、二人で手を繋いで歩いていても奇異に見られることがない。
今の彼はボーイッシュといった範囲に収まってしまうのだろう。彼自身が変わっているわけではないのに、おかしなものだと思う。
「今日はその格好でいいの?」
とそう尋ねてみる。
「動きやすいし、いつもみたいなのだと観戦してて暑苦しいかなって思って。それに、聡介さんが、僕をきちんと認識していてさえくれれば、人の目なんてどうでもいいかなって思えるようになってきました」
「珠樹がいいなら、私もそれがいいね」
と、私はそう言って、握った手に力を込めると、彼も信じてると言うかのように、握った手に力を込めてきた。
二人思わずお互いに顔を見合わせると、自然に笑顔が溢れた。
そして、午後はプロレス観戦。テレビで少し見たことがあるくらいで、生で見るのは初めてだった。
「知識なんか何もいらないですから、ただ目の前で起こっていること、素直に楽しめばいいんですよ」
と彼がそう言うので、私はそういうものかと何も予備知識なしに見はじめた。
次の試合は、おいしんぼう仮面と、おきつねさまというマスクマン同士の試合だ。おいしんぼう仮面が、お菓子をまきながら入場してくると、狐面のおきつねさまは、いなり寿司をささげながら入場してきた。
おきつねさまの攻撃を、わざとレフリーの前でおいしんぼう仮面がギリギリで避けて、レフリーが怒っておきつねさまにくってかかるのを、なだめるのにいなり寿司で買収する。
今度は、それでも怒りが収まりきれないのか、レフリーがついおいしんぼう仮面に有利な裁定ばかりをすると、やってられないのポーズを見せて、試合を放棄して戻っていこうとする。
すると、おいしんぼう仮面がどこからか、三宝を持ってきて、そこにさっきのいなり寿司をおいて、レフリーと二人で並んで、ぱんぱん、と柏手を打つ。
しょうがないなぁと、おいなりさんが走ってもどってきて、うやうやしく、いなり寿司をうけとると、口元の開いてるマスクで、そのまま美味しそうに食べ始める。
それを見て、おいしんぼう仮面とレフリーが、ハイタッチしてやったなとガッツポーズ。
一連の流れが喜劇のようで、会場の人たちと一緒に素直に笑う。
横で彼も笑っている。
お笑いだけではなく、最後は華麗な空中戦を見せ合った結果、試合は引き分けに終わった。
「この二人、永遠のライバルなんでなかなか決着つかないんですよ」
と、そう彼が楽しそうに説明してくれるのを、私は笑って聞いていた。
メインイベントは、タイトルマッチだそうで、チャンピオンに珠樹の一推しのカンフーキッドという選手が挑戦する試合ということで、彼の応援にも熱が入る。
「珠樹がこないだみせてくれた型に近い動きがあるね」
私がそう言うと、
「キッドの拳法は僕のと違って八卦掌っていう流派なんですけど、まぁ、そんな理屈はいいんです、カッコイイので」
そう言って、また熱をあげて声援を送っている。そんな彼に私も考えるのをやめて、一緒に声援を送った。
最後はおしくも、負けてしまったが、館内は大盛り上がりで、メインにふさわしい熱戦だった。
声を枯らして応援して、疲れた私たちは、会場の外に出て、近くのベンチで休んでいた。
そこに、電話の呼び出し音。今回は彼じゃなく、私のだ。
「もしもし、墨田ですが……あ、友梨香かどうした? 今、○○のあたりにいるけど、え、今から?」
私はスマホのマイクを持っていない方の手で抑えると、彼に尋ねる。
「友梨香が大事な話があるから、この後会えないか、って言ってるんだが、どうしよう?」
「友梨香さんが大事って言うなら、僕は構わないですよ」
「うん、いいって、じゃあ30分後に駅前で、はい、わかった」
私はスマホをしまうと、
「じゃとりあえず駅前に行っておこうか」と声をかけて、二人で立ち上がって、駅に向かって歩き出した。
しばらくして、駅前で待っていると、目の前に見慣れない車が止まると、右前のドアが開いて、友梨香が降りてきた。
「あれ? 車換えたのか?」
と私が聞くと、
「違う、私のじゃないわ」
と友梨香が言うと、歩道側のパワーウィンドウが開いて、そこから藤堂浩一の顔が覗いた。
「どうも、ご無沙汰しています」
そう言って頭を下げる。
「どうして、藤堂さんが?」
「んー、あれから何度か会っててね、ちょうど父から連絡があった時、一緒にいたのよ。そ、そう、大事な話。」
そういって、友梨香は私の肩をがっと掴むと、またグラグラ揺するようにしながら、こう言った。
「あんたの絵、日本美術コンクールで入選したわよ」
「「ええ⁉」」
私と彼、二人の大きな声があがる。
「ね、大事な話だったでしょ。さて、じゃあ、これから祝杯をあげに飲みにいきましょう。なお、父から領収書切っていいとのお達しを受けているので、今日はうちのおごりだから」
「おめでとう、聡介さん」
「あらためて、おめでとう、墨田画伯」
「私からも、おめでとうと言わせてください」
そう三人にお祝いの言葉をもらった。
私はやっと喜びが溢れてきて、大きく手をあげて、ガッツポーズをして、
「やったぞぉっ!」
そう大声で叫んだ。
「墨田聡介くん、これで大手を振って挨拶に行けるんじゃない?」
とそう、友梨香が話しかけてきた。
「挨拶って?」
と私が聞き返すと。
「お嬢さんを、私にください! ってやつよ、結婚のご挨拶」
とニヤニヤしながら言う。
「ゆ、友梨香さん」と赤面してうつむく珠樹。
友梨香の言葉をじっと噛みしめて考えていた私は、珠樹の方を向いてこう言った。
「あらためて、私と結婚してほしい。なので、これを機にお互いの家に挨拶に行こう」
顔を真っ赤にしながらも、珠樹も気持ちを決めたのか、表情を引き締めて言った。
「よろしくお願いします。一生僕と一緒に生きてください」
「今日は、二重にお祝いね。さぁ、いくわよ、のってのって、さぁ、運転手もいるし私も今日は飲むわよ、浩一さんは、今日は禁酒ね」
「はいはい、お嬢様の言う通りに」
と言う藤堂さんを見て、珠樹が耳元でこっそり話してくる。
「もう、お尻にひかれてますね?」
「あいつと付き合うならその覚悟は必須だ」
と私が話す。
「こら、君たち無駄口叩く間があったら、さっさと乗りなさい」
「はい」「わかったわかった」
私たち四人は、祝杯を上げに行き、約一名以外はしたたかに酔っ払ったのであった。
不定期連載となりますが、完結までお付き合いください。
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