第14話 痕と一度目の告白
しばらくたった日曜日、聡介と珠樹は、また共同ブースで出店するイベントに来ていた。
12月に入り寒い日も増えてきて、珠樹は首にしっかりとマフラーを巻いている。
歩いて会場に向かう道で、聡介が珠樹に尋ねる。
「ピアノの方、練習すすんでるかい?」
「はい、リハビリはできました。就職してしばらく弾いてなかったので心配してましたけど、指もきちんと動くようになりましたし、伴奏は何とかこなせると思います」
「そうか、それはよかったね」
そうして、二人はたわいもないことを話しながら、会場に向かって仲良く並んで歩いていった。
今日も楽しい一日を彼と過ごせたらいい、その時の聡介は、呑気にそんなことを考えながら歩いていた。
会場に到着し、中に入るとそれぞれ準備をはじめる。
もうこうして二人で出店するのも回数を重ねて、お互いにフォロー仕合いながら、開場時間のかなり前に準備が終わる。
二人で並んで座って、開場時間を待っている。
少しづつ暖房が効いてきて、暖かくなってるにも関わらず、マフラーをしっかり巻いたままの珠樹を怪訝に思い、聡介はマフラーに手を伸ばして、軽く引っ張りながら言った。
「だいぶ、暖かくなってきたんだし、これ、外したら?」
そして、一瞬マフラーが緩んだ時に、聡介は珠樹の首筋に真っ黒な痕があるのに気付いてしまった。
それは紫と黒が混ざり合った、どす黒くひどい痕だった。どうやったらこんな痕をつけられるのか、私には想像もできなかった。そして、それを目にした瞬間、痛いだろうとか可愛そうだとか、強烈な感情が心を襲ってきて、冷静さを失った。
「何だ、これ?」
その瞬間、珠樹くんはハッと息を詰まらせ、慌てたようにマフラーをつかんで、また首元を隠すように、ギュッと締め直す。その手は微かに震えている。
「な、なんでもないです。昨日ちょっとぶつけちゃって、僕、ドジで、あははは」
そう白々しく笑う声には、まったく力がはいっていない。その声には全く説得力がなく、ぶつけてあんな痕ができるものか? そんな力でぶつかったら首の骨までやばいだろうに。怒りと悲しさが入り交じった感情が頭を支配する。
私は真面目で怖い顔をして、珠樹くんに問いかけた。
「それ、普通じゃないよね?」
見つめられた珠樹くんは、顔を俯かせて、無言のままだ。
「その痕、いったいどうしたの?」
やはり押し黙ったままの珠樹に、私は口調を改めて、優しく問いかける。
「珠樹くん、私は君の共同出店者であり、大事な友達だと思っている。君のこと、とても大切に思ってる。その友達がそんな痣つけてたら、心配するよ。君も私が熱だした時には、すごい心配してくれたよね?」
「昨日、先生に会ったんです。その時、あの友莉香さんにお貸しした絵の写真を見せながら、こないだ電話で誘われた時に断った相手は、この絵を描いた奴か?ってまた問い詰められて」
そう言いながら、珠樹くんの目から涙がぽろぽろ零れ出す。
「僕がそうだって言ったら、おまえは私のものだって言って、ほとんど噛みつくようなキスマークを付けられて……」
私は、自分の絵がきっかけになったことが、悲しくて、腹立たしくてつい、感情的になってしまう。
「そんな、君のことを大事にできないような奴なんかと付き合うことないよ。私の方がよっぽど君のこと、大切にできる」
「え……、そ、それって?」
「ああ、そうだよ。墨田聡介は、今居珠樹のことが好きなんだよ」
「で、でも、男でもいいんですか?」
「男だとか女だとか、そんなことはどうでもいい、私は珠樹くん、君という一人の人が好きになった、ただそれだけのことだよ」
一気にまくしたててしまう。ついに言ってしまった。
ずっと言えずにいた本当の言葉を、ついに伝えてしまった。
恋人のいる人間に、なんて勝手なものいいだろう。口に出した瞬間にものすごい後悔が襲ってきて、私は俯いて言った。
「ごめん、君の恋人に失礼なことを言ってしまった」
「あ、謝らないでください。僕嬉しかったです、少なくともそれだけは間違いないです。聡介さんは友莉香さんとお似合いだと思ってたし、男の僕の事なんかそのうち忘れてしまうだろうって思ってたし……」
「そんな事はない、少なくとも私には、大事に思ってない相手をモデルに、あんな絵は描けっこない」
自分的には最上級に大切に思った言葉だ。それを聞いた珠樹くんは微笑んで言った。
「ありがとうございます。とても嬉しいです。だけど、今は返事できません、先生は私が学生時代にほんとにどん底な気持ちだったところを救ってくれた人なんです。先生ときちんともう一度話して、わかってもらってからでないと……」
彼の瞳には、感謝と嬉しさ、そして義理といった複雑な感情が詰まってるように思えた。
彼なりの誠実さが痛いほどよくわかった。前にすすむために、彼なりのけじめが必要なんだろう。
激情に任せて、告白などと柄にもないことをしてしまった。そしてそれが彼をまさに今、返事ができない状況に追い込んで、困らせている。
「わかった、君が納得いくようになるまで、返事は待つよ」
「ありがとう、ございます。僕なんかの為に、たくさんの心のこもった言葉、ありがとう。今は待たせてしまってごめんなさい。」
彼がそう言うと、まるで止まっていた時が動き出したかのように、開場を待つ周りの喧噪が、聞こえてきた。
そして、開場のアナウンスが館内に響き渡る。私達はその日はそれ以上その話をすることはなく、忙しく入場してきたお客様の相手をしながら、時を過ごすこととなった。
不定期連載となりますが、完結までお付き合いください。
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