第10話 先生
私と珠樹くん、友梨香を加えた三人は、私の家で午後を過ごした。
本当は、午後は絵の続きをと思っていたのだが、友梨香がいるせいで、彼女が手土産に持ってきた、お菓子を食べながら、学生時代の話をお互いしたりしているうちに、結構な時間が過ぎていた。
友梨香と珠樹が、私の子供の頃からのアルバムを漁り、ワイワイと話しをしていて、私はキッチンで、夕飯の仕込みをしていたとき。
「あれ……痛っ……」と珠樹くんが言いながらお腹を押さえる。
「大丈夫? おやつ食べ過ぎたの?」と友梨香が呑気な事を言っている。
「すみません、僕ちょっとお腹が痛くて、お手洗いお借りしますね」
そう言うと、彼は自分の鞄を開けて何かご
そごそとしてから、お手洗いへ向かった。
何か薬でも探していたのかなと思いつつ、友梨香に声をかける。
「おまえ、差し入れ、古くなったものとか持ってきていないか?」と冗談めかして言ったが、友梨香は、いつものような軽口で返す事はせずに。
「馬鹿ね、そんなことしないわよ。それより……ふーん」
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもないわ。でも、珠樹くんがお腹痛いならこれでお開きかな」
しばらくして、珠樹くんが戻ってきた。
「けっこう時間かかったね? お腹の調子は大丈夫かい?」
「はい、ちょっとまだ痛いですね」
「私の車で送るわ。乗っていって。一応聡介もくる?」
「乗せていってくれるなら助かるな、頼むよ」
「いえ、そんな悪いです……」そう珠樹くんは言うが、友梨香は強い口調で押し切る。
「はいはい、お姉さんに、頼れる時は頼る。それに、今日から友達でしょ? 遠慮なんかしないで」
マンションの駐車場に行くと、外来用の場所に友梨香の車が止まっている。
「後ろに二人で乗る? ああ珠樹くんお腹冷やさないように、このバスタオルをお腹あたりに巻いておきなさい。これ汚れてもいいやつだから服の上からで大丈夫だから」
そうして3人を乗せた車が、道路に出て行く。そうしてしばらく走った頃、珠樹くんの電話が鳴った。
「出ていいわよ」
「すみません」
「もしもし、珠樹です。あ、先生……」
先生という言葉にびくりとする。先生とは、誰からだ、彼の言う、彼氏なのだろうか? そうつい考えてしまう。
「今日、これからですか? 今日はちょっとお腹痛い日で……はい、今友人に車で送ってもらっているんですが、はい、駅前でですか? 分かりました、じゃあのちほど」
電話を切ると、珠樹くんは、友梨香に向かってこう言った。
「友梨香さん、すみません、せっかくですけど、このまま○○駅に向かってもらえますか? そこに知り合いが迎えに来てくれるので」
「そう、わかったわ、向かうね」
駅まで向かう道の途中、誰も何も喋ることなく、無言の時が過ぎた。
「珠樹くん、お腹もう大丈夫かい?」
車を降りる珠樹くんに、私は声をかけた。
「はい、バスタオルがよかったのかな、だいぶマシになりました。友梨香さん、ありがとうございました」
そう言って車を降りると、珠樹くんは駅の方に向けて歩いて行く。
友梨香は車を出すと、ゆっくりとまわって、駅前が見える位置で車を止めた。
「こんなところに車を止めて、どうしたんだ?」
「やせ我慢しちゃって、先生って人のこと、気になるんでしょ? ここで見ていましょう」
「おまえ、そんな……」
「はいはい、いいから静かに見てなさいよ」
しばらくすると、珠樹くんの前に車がとまり、男性が降りてくる。
長髪で、スーツのどうも私よりもかなり年上の男性のように見える。
なんでこんなものを持ってるのかわからないが、友梨香がオペラグラスを取り出して、見ている。
「へー、珠樹くん、オジ専なのか、まぁでもあんたの方が若いし、未来は明るいかな……それにしてもあの人、どこかで見た記憶あるわね……どこだったかしら、あ、これ使う?」
そう言って差し出してきたオペラグラスをひったくるように奪うと、私は男を眺める。
神経質そうな顔をした眼鏡の男、歳は私より一回りは確実に上、四十代半ばに見える。
男は親しそうに、珠樹くんの肩を抱くと、車の方に誘導する。
にこやかな男の顔とは対照的に、珠樹くんの顔は沈んで見える。
「まだ、お腹しんどいのかな?」とそう私が言うと、友梨香は呆れたように言った。
「自分のことを気にして、顔が微妙になってるんじゃないかくらい、言いなさいよ」
男は、珠樹くんを車の助手席に乗せると、自分も運転席に乗り、走り去った。
「大丈夫? 聡介、あんた酷い顔してるわよ」
「おまえが見ろって言ったんだろ」
「だって、見なかったら見ないで、気になったでしょ。本気で好きならどこかで対決しなきゃいけない相手なんだよ?」
「そんなことできるかよ」
「こんな美人振って、乗り換えたんだから、ちゃんと幸せになってよね」
「おまえなぁ……」
「さて、聡介の家に戻ろうか、夕飯あるんでしょ、もったいないから、私が食べてあげるわ」とそう言うと友梨香は車を出して、私の家に向かった。
「元気だしなよ。聡介は気付いてないだろうけど、珠樹くん、聡介の事、凄い気にしてる。私に色んな事相談してきてるのよ。具体的には教えてあげないけどね」
「なんだよそれ……」
「あきらめちゃダメってこと、じゃあね、夕飯ありがと、美味しかったわ」
そう言って私を元気づけると、『創造の手』と名付けた作業中の珠樹くんの絵を持って帰っていった。
その夜から、私は珠樹くんの新しい絵に、全力を注いだ。あの時見た光景を忘れるのに、私にはそうすることしかできなかったのだ。
不定期連載となりますが、完結までお付き合いください。
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