世界の秘密
あの怪物の一件があった後、ハルはずっと学校に来ていない。
こうも数日会わないと、もしかしたら彼女に何かあったのではないかと不安になってしまう。
あの出来事から2週間ほど経ったある日、僕が教室の扉を開けるとそこにハルがいた。
僕は安心したのと同時に、なんだかハルが浮かない顔をしているのが気になった。
「ハル、おはよう」
僕が挨拶すると返してはくれたが、やはり声が暗い。
そういえば、いつも彼女の周りには人がたくさんいたのに、今は遠巻きにされているように感じた。
やはり天使ということをみんなが知ってしまったので、近づきにくくなっているのだろう。
たしかに、目の前に存在するはずのないものが現れたら怖く感じるのも当然か。
放課後になって、僕はハルに呼び出された。
向かったのは屋上だった。
「あのね、私、ヒスイに話しておかなくちゃいけないことがあるの」
そう言って、ハルはこの世界で何が起きているのかを話してくれた。
この前僕らが出会った怪物は、実はこの世界の瘴気のようなものらしい。
世界には常に負のエネルギーがあり、それらは普段人間に害を及ぼすことは無いのだそうだが、数百年に一度、溜まりすぎた瘴気が集まってあの怪物のように形を作るようだ。
しかも、大きすぎるエネルギーのせいで、人間にも、頭痛や吐き気、さらには熱などの症状も現れるらしく、ここ最近の欠席者の多さは、それが原因らしい。
そしてこの瘴気を浄化し、世界の秩序を保つのが天使の役割だそうだ。
「だから、あの怪物みたいなものが、今後も出てくると思う。でも、またみんなの前で翼を出すのがこわいの。またみんなに避けられてしまうんじゃないかと考えると、すごく怖くて……」
ハルの目に少し涙が浮かんでいた。
「たしかに、ハルが天使だなんて急に言われたらみんな戸惑ってしまうと思う。そのせいでハルに近づけないのかもしれない。
でも、僕がはじめてハルの翼を見たとき、僕はすごくきれいだと思ったんだ。こんなに美しい生き物がこの世界にいるなんて、ってね。
だから、怖がらなくていい。君のすばらしさを分かってくれる人がきっと他にもいるさ。
大丈夫。君は一人じゃない」
そう言うと、ハルは少し照れくさそうに微笑んで、「ありがとう」と言った。
数日後、あと数分で授業が終わることに喜んでいると、また、あの嫌な感じがした。
驚いて窓のほうを見ると、大きな怪物はいなかった。
気のせいか、とほっとしかけたのもつかの間、人間ほどの大きさの怪しげなものが、校庭にポツンと立っていた。
何かすごく嫌な感じがする。
「ねえ見て!あれって、また怪物じゃ……!」
みんなも異変に気が付き始めたとき、ふとハルのほうを見ると、微かに震えていた。
「ハル!大丈夫か」
「どうしよう。私、怖い。」
さっきよりもひどく手が震えていた。
「ねえ、ハルちゃん!前みたいに助けて!」
周りの人も、ハルにすがるようにやってきている。
僕はハルの手を取った。
「大丈夫だよ。ハルが天使だからって、誰も嫌いになんかなったりしない。それは君の素晴らしい個性だ。大丈夫。僕がついてる」
彼女の手の震えは次第に収まり、心を決めたように顔を上げた。
「私、行ってくる」
僕は祈った。どうか、どうか彼女に力を。