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8:拾われ少女の処遇(ロバート)

 リロを拾って数日後の朝、早起きしたロバートは居間のテーブルで朝食を取っていた。

 焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂い、スープの湯気がほわほわと顔に当たる。


 けれど、ロバートの耳は、すぐ近くのソファーに向けられていた。

 そこでは、家にやってきた役所の職員と父が向かい合い、低い声で話をしている。

 肩幅の広い、落ち着いた雰囲気の熊の獣人は、迷子の届け出や身元照会を担当しているらしい。


 ハシノ村へ行った獣人が、朝一番に、リロについての報告を持ってきたのだ。

 彼は今、困った顔をしながら、テーブル越しに父のほうへ身を乗り出していた。


「役所と衛兵の迷子担当で、ハシノ村に確認に行ったのですが……」


 熊の獣人職員は、気まずそうに声を落としながら言葉を続ける。


「誰に聞いても、『リロという子は知らない』と、言われてしまいまして」

「本当なのかい?」


 ソファーに腰掛けている父も、身を乗り出した。


「はい。各家庭を回り、村長や記録係にも確認を取りましたが……『そんな名前の子はいない』『知らない』の一点張りでして。誰ひとりとして少女の存在を認めようとしないのです」


 居間の空気が、少し重くなる。

 テーブルの向かい側で、母がカップを置きながら首をかしげた。


「でも、リロが嘘をついているようには、見えなかったわよ?」


 母の言うとおりだと、ロバートも思った。熊の獣人もまた、母の言葉に頷く。


「ええ、そうでしょう。村の子どもが一人、彼女のことを知っていると話していましたから」

「それって……」


 母が眉をひそめる。


「村人たちはわざと『リロを知らない』と嘘をついていたのだと思います。だが、その子どもは、うっかり口を滑らせた」


 父と母が顔を見合わせた。

 ロバートは黙ったまま、手元のパンをちぎって口に運ぶ。

 すると、熊の獣人が難しい顔をして告げた。


「おそらく、ハシノ村の人々は、私に嘘を話したのでしょう。村ぐるみの隠蔽だとすれば……以前、あの子に何かあったのかもしれません。変わった様子はありませんでしたか?」


 ロバートは、リロと交わした会話を思い返していた。

 ここ数日の間に、彼女の部屋に何度か顔を出して話をしている。

 最初は緊張していたけれど、少しずつ、リロも短い話をしてくれるようになっていた。


(でも、森にいた理由を、リロは話してくれなかった)


 質問を投げても、リロは曖昧な笑みを浮かべたり、目を伏せたりするばかりで……。

 あの夜、どうしてあんな危険な場所にいたのか、どうやって森を越えてきたのかを聞いても、彼女は何も答えなかった。


 今、リロは部屋で眠っている。もう少ししたら、起きてくるかもしれない。

 そんなことを考えていると、母がゆっくりと話し始めた。


「あるわよ。あの子、体中に怪我をしていたの。崖から落ちたときの傷だけじゃなくて、もっと古い傷も、たくさん……」


 その言葉に、ロバートは無意識に食事の手を止めた。


「魔法薬で治療したから、今は跡も残っていないけれど。正直、気になったわ……」

「なるほど」


 熊の獣人が深く頷く。


「それに、リロは、うちのロバートと比べて、とても痩せているの。聞けば五歳だと言うけれど、もっと幼く見えるわ……」

「平均的に見て、人間は獣人より、小柄な者が多いですよ。しかし、気になりますね。村で虐待されていたのかも……」


 職員は腕を組み、沈んだ声で言った。

 父は険しい顔のまましばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いて口を開く。


「だとすると、今の状況でリロをハシノ村に戻すわけにはいかないなぁ。森に倒れていたのも、きっとそれなりの理由があったんだろう」


 熊の獣人もまた、困った様子で頬を掻いている。


「そうなると、あの子――リロは人間の国の孤児院へ引き渡すことになるでしょう。人間の国は貧しいので、お世辞にも環境がいいとは言えませんけど」

「うーん、リロが虐待されていた理由は、未だにわからないんだよね? その状態で、人間の孤児院にやって、また同じようなことにならないかな。一人で森にいたのも……捨てられたのか、逃げてきたのか……」


 ロバートも、父の言葉に小さく頷いた。

 人間のことは、正直よくわからない。

 文化も暮らしも、考え方も、獣人とはずいぶん違うと聞いたことはあるけれど、具体的にどう違うのかは知らない。父も母も、きっと同じだろう。


 ロバートはリロのことを普通の子どもだと思っているが、人間たちにとっては何かしら、つまはじきにするような理由があるのかもしれなかった。

 そんな状態で、人間たちの中に戻したら、父の言葉のとおり、今回の事件の繰り返しになる。


「では、帝国の孤児院に預けるということですか? ですが……」


 熊の獣人職員は、やや声を落としながら慎重に言葉を選ぶ。


「ひ弱な人間の子にとっては、身体能力的にかなり厳しい環境かと思います。人間は夜目も利きませんし、魔法も使えません。何かあったとき、自衛もできないでしょう?」

「うん、あなたの言うとおりだ」


 父が重く頷いた。

 どこの国でも、親のいない子どもは、国や慈善団体の運営する孤児院へ行くことになっている。

 リロの場合も、親が名乗り出ないなら、孤児院行きになるだろう。

 帝国と人間の国なら、彼女は人間の国の孤児院に入れられる可能性が高い。


「でもさ、拾ってしまった手前、あまり可哀想な環境に放り出したくないんだよなあ……」


 煮え切らない様子で答える父は、不意に母のほうへ顔を向けた。母は無言で頷く。

 二人の間だけで、何かの意思疎通が取れているようだった。


「では、どうされるおつもりですか?」


 熊の獣人職員が、やや慎重な口調で尋ねた。


「こちらとしては、彼女を保護したあなたの意見を、なるべく反映させたいですけれど……」


 その問いかけに、父は再び大きく頷く。


「だったら、リロは、うちで引き取るよ……うちの子にする。この子が僕とロバートの前に現れたのは、何かの運命かもしれない」

「ええと、彼女と養子縁組をするということでしょうか? 法律的に問題はありませんが……人間の子ですよ?」


 熊の獣人は困惑している。その理由を、ロバートは冷静に考えていた。

 まだ七歳のロバートには、難しすぎることはわからない。

 しかし、人間はどの種族にも嫌われている……ということは知っている。

 理由は「面倒くさいから」らしい。


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