6:拾われた先で
――目覚めたら、リロは見知らぬ天井を見上げていた。
頭を動かして横を向く。
優しい光が差し込む窓辺で、白いカーテンが風に揺れていた。
(……?)
窓の向こうには青空が見える。
(……朝かな?)
漆喰が塗られた白い壁際にある木の棚に、小さな花瓶に生けられた花が飾られている。
今まで眠っていたベッドのブランケットやシーツからは、花のようないい匂いがした。
(わたしの家じゃない。ここは、どこ……?)
森の岩場でもない。
村にある、木造の古い実家でもない。
清潔な石造りの、知らない家だ。
(私は森に連れて行かれて、岩の上から落ちて……)
記憶を辿っていると、悲しい思い出まで蘇り、胸が痛んだ。
(わたし、本当に捨てられちゃった……? いらない子になっちゃった……)
リロの目から大粒の涙があふれ出た。
それでも、どこかで願ってしまう。
(帰りたいよ……おとうさんと、おかあさんのところに……)
怖くても、拒まれても、家族がいる場所に戻りたい。
一人ぼっちは、嫌だ。
すすり泣いていると、突然、部屋の扉が開いた。
そして、音もなく何かが飛び込んでくる。
ふわりとした何かは、リロのベッドのすぐそばでぴたりと動きを止めた。
驚いて、涙も引っ込んでしまう。
「だ、だれ……?」
ふわりとしたものの正体は、リロより少し年上の男の子だった。
好奇心の強うそうな、茶色の瞳がきらきらと輝いている。
どこか動物のような気配を纏った彼の頭の上には、藁のような黄褐色に黒くて丸い模様の入った耳がついていた。同じ色の尻尾もある。
その男の子はリロに近づきながら、ニカッと元気よく笑って言った。
「おはよう。俺はロバート、この家の息子」
「むすこ?」
「そうだよ。ここは帝国一の魔法アクセサリー工房『豹の眠り木』」
ロバートは誇らしげに話を続ける。
「ていこく? あくせ?」
わからない言葉ばかりだ。リロはコテンと首を傾げた。
ただ、目の前の男の子は、怖いことはしてこない。
怒鳴らないし、叩きもしない。
(この人は……わたしを傷つけないのかも)
リロは少しだけ、ほっと息を吐いた。
「そっか、人間の国にいたし、まだ小さいから、帝国のことを知らないのかな」
ロバートは合点がいったように頷く。
「……?」
「帝国は、人間の国の隣にあるんだよ」
リロには国という概念がよくわからない。リロの住む世界には、自分の村と隣の村しかなかった。
おそらく、「自分の村と、隣の村」に、似た感じなのだろうと、なんとなく納得する。
「それにしても、君はどうして森の岩場にいたの? 夜目がきかない上に魔法も使えない人間は、夜に森に入ったりはしないらしいけど。特に、幼い子どもは……」
リロはぴくりと体を強ばらせた。
さっきまで薄れていた悲しい記憶が、またじわじわと戻ってくる。
暗い森に手首の痛み。父に突き飛ばされた衝撃。
「……」
「家はどこ?」
「……ハシノ村」
「親や兄弟はいる?」
「……いる」
リロの話を聞いたロバートは、「そうか!」と、もっともらしい表情を浮かべて頷く。
「……ってことは、やっぱり迷子だな。捜索届は、まだ出ていないみたいだけど。魔法を使えない人間の国だから、伝達が遅いのかも」
「……まほう?」
今、ロバートは魔法と言った。人間が、魔法を使えないとも。
(どういうこと?)
でも、リロが魔法を使えると知ったら、ロバートも村の人たちみたいに豹変してしまうかもしれない。
何も言わないでおこうと、リロは口をつぐんだ。