59:四層の遺跡と真実(クリストファー)
リロたちと別れたあと、クリストファーは一人、水路伝いに話題に上った扉の前に来ていた。水路自体、緩やかな下り坂になっており、下の階層へ降りていく造りになっていた。
かつて魔法島を造った者が、そういう仕組みにしたのだ。
扉を確認し、クリストファーは呟く。
「……本当に開いてる」
話の通り、生徒たちは扉を開けっぱなしにして戻ってきてしまったようだ。
魔法で明かりを灯し、真っ暗な遺跡の中へ足を踏み入れる。
中は瓦礫の山が積み上がっていて、生物の気配は感じられない。
(四層だな)
しかし、静かな空間の中、奥から何かがきしむような音が聞こえてきた。クリストファーはそちらへ進む。
すると、壊れかけのゴーレムがガチャガチャと金属音をさせて動いていた。
とはいえ、胴体と片手だけの姿なので、その場で暴れることしかできていない。
(なるほど、これが、あの子たちの言っていたゴーレムか)
クリストファーはゴーレムを見下ろした。
「まさか、まだこんなものが残っていたとは。動いているなんてたちが悪いね」
生徒たちが無事でよかった。
「君たちは過去の遺物。消えるべきものなんだよ」
クリストファーはゴーレムに向けて手をかざす。そして、短く言葉を唱えた。
「破棄」
すると、リロの「粉砕」魔法と同じように、ゴーレムの体が砕け散る。
(はーもう、隠蔽するのって面倒だなぁ)
パンパンと手を叩いたクリストファーは、さっさときびすを返す。
そうして扉の場所まで戻ると、その取っ手を引っ張って完全に扉を閉めた。押したり引いたりして、扉が再び開かないことを確認する。
一度閉じると、もう一度、自分かリロが魔法を使わない限りは開かないはずだ。
「これでよし」
四層は、人間族の痕跡が色濃く残る遺跡だ。
ここの秘密は暴かれるべきではない。真実を知るのは、クリストファーだけでいい。
(リロには普通に、幸せに生きてほしいからね。僕はそれを見守れるだけで十分)
見守ると言いつつ、積極的に構ってしまっている自覚はあるけれど……それくらいは許してほしい。
とにかく、彼女自身が望んでここに辿りつくまでは、敢えて真実を知らせる必要はない。
クリストファーは、そう決めた。
(リュネア……過去の君の望みを、僕は維持するよ)
心の中、かつての同僚に告げる。彼女は前世のクリストファーの大事な女性だった。
(僕が背負うから、君は何もかも忘れたまま幸せに生きて)
リロは年相応の素直な女の子だ。無意識に人間族の魔法を使う以外は普通の子。
でも、時折、リュネアの面影が感じられる。
あとはやたらと引きが強い。入学前につるんでいるのが、ボウル帝国皇后の姪に、妖精界にある一国の王子に、魔法島議員の息子ときた。
そういうものを惹きつけてしまうところも、リュネアに似ている。
「まあいいや。僕は僕がやりたいことをやるだけ」
リロに害がないのなら、なんでもいい。
クリストファーは水路を植物園のほうに戻りながら、もう一度背後を振り返る。
重い扉は閉じたままだ。
(それにしても、どうして生徒たちは、こんな扉の前まで来たんだろう……)
そこまで考え、クリストファーはリロの使い魔のことを思い出した。
(もしかして、ブッチョ?)
あの生き物なら、四層をねぐらにしていても不思議ではない。あれはかつて人間族によって生み出された、人造の魔法生物なのだ。
(勝手に四層にリロを誘導されても困るんだけど。やっぱ消しとこうか……)
しばらく考え、クリストファーは首を横に振った。
(やめておこう。リロが気に入っているから)
それに、あの生き物は強い。学生生活を送る上で、リロの身を守ってくれるはずだ。
(しばらく様子を見よう)
植物園までの移動が面倒になったクリストファーは、水路の途中で魔法を使い、校長室へと転移した。




