58:授業の始まりの日
リロは早朝から寮の個室で椅子に座り、中級魔法大全を読んでいた。まだ外は暗い。
授業が始まる前だというのに、これまで魔法学校では様々な出来事が起こった。だから、一刻も早く中級の魔法も覚えるべきだと考えたのだ。
クローゼットには届いたばかりの制服が掛けられていた。
(今日から初授業が始まる……楽しみだな)
とてもドキドキして眠れない。だからこのまま、本を読んでいようと思った。
魔法が原因で村を追い出された自分が、いつの間にかこんな場所まで来てしまった。
リオパール家の皆や、クリストファーのおかげだ。
そして、いい友人たちにも恵まれたと思う。とても感慨深い。
ブッチョは、リロが寮監のジーンからもらった水槽の中で水に浸り、「ゲェ、グゥ」といびきをかいている。
植物園から遺跡に、慣れた様子で進んでいく生き物を見て、リロは思った。
もしかするとリロに合う前の彼は、水路を自由に行き来していたのかもしれない。
(私たちが知らないこと、たくさん知っているのかも)
しかし、ブッチョは喋れない。聞き出す術はなかった。
本を読んでいると、だんだん外が明るくなってきた。とてもいい天気だ。
もう少ししたら、ミネットが起きてくるかもしれない。
(着替えようかな)
リロは椅子から立ち上がり、クローゼットへ向かう。
「ええと今日は、これとこれにしよう。新しい靴も下ろして……」
選んだのは、ネクタイ付きの白いブラウスに、レモンイエローのチェック柄のキュロットだ。滑らかな肌触りで、いつまでも触っていたくなる。
その上から、母にもらった雪ヒョウの耳付きの上着を羽織った。
父にもらった大容量の拡張魔法がかかった鞄を持ち、スリッパから新しい靴に履き替える。鏡を見ると、マーガレット寮生らしい自分の姿が映っていて、なんだか新鮮な気分だ。
リロが動き回る気配に気づいたのか、ブッチョが水槽の中から出てきた。
「おはよう、ブッチョ」
「ゲェ~、ドゥフドゥフ」
ブッチョはぴょんとジャンプして、リロの肩に乗った。ひんやりする。
共有スペースに出ると、ちょうどミネットが起きてきた。まだパジャマ姿だ。
「おはよう、ミネット」
「リロ、おはよう……朝から元気ね。もう着替えたの?」
「うん。一階の食堂に、朝ご飯を食べに行こう」
「そうね、ちょっと待ってて……」
ミネットはのろのろと部屋に戻り、しばらくすると準備を済ませて出てきた。薄紫色のブラウスと、白いスカートを着ている。
彼女の使い魔のフロリムも、ひょこっと出てきて、頭にポンッとマーガレットの花を咲かせた。
「さて、行きましょうか」
一緒に食堂へ向かい、朝食を済ませ、寮の外に出る。足元を数匹の胡桃ホッペが駆け抜けていった。気持ちのいい風が吹いている。本によると魔法島の周りは海になっていて、そこから風が吹いてくる仕組みなのだとか。
いよいよこれから、昨日案内が届いた教室へ向かう。クラスは二つあり、リロとミネットは同じ教室だった。
「エリゼとダニエルはいるかな」
「どうかしら。でも、先生たちは生徒の相性も見ているから、エリゼは同じ教室の可能性が高いかも」
ミネットと喋りながら、寮から教室への道を歩く。
アヴァレラ魔法学校での、リロの新しい学生生活が始まった。




