56:地下遺跡とゴーレム
ダニエルの叫び声を聞いたリロはブッチョを抱えたまま、反射的にそちらに向かって駆けだした。
瓦礫が崩れた音がする。何か、重い足音も。
明かりを追加して、暗闇を照らしながら走る。
すると少し先で、ダニエルが何か巨大なものに捕まっていた。
それはカドの町にあるリロの家くらい大きくて、丸い胴体に手足がついていて、銀色の金属でできている人型の何かだった。顔にいくつか小さな穴が開いていて、そこが光っている。
その大きな手に、ダニエルは胴体を掴まれ、高く持ち上げられていた。
後ろからついてきたエリゼが、ソフィアを抱えながら焦ったように口を開く。
「あれ、ゴーレムだ……魔法具時代の過去の遺物。普通は壊れていて動かない。なんであれは、今の時代に動いてるんだ?」
「わかんないけど、ダニエルがひねり潰されそうになってる……」
「……あの雑魚。何をどうやったら、ゴーレムなんかに捕まるんだよ。信じらんねえ」
「助けなきゃ」
「俺は遺物には詳しくねぇ。期待すんなよ」
「大丈夫! 私も知らないから! ミネットは?」
後ろから走ってきたミネットに尋ねると、彼女も首を横に振る。
「もちろん、知らないわ。私は魔法は不得意だけど、魔法具をいっぱい持ってるから、何か役に立てるかも」
「うん。とにかく、あのゴーレムの手からダニエルを解放しよう」
エリゼはもう、何か魔法を使おうとしている。風の魔法や眠らせる魔法のようだ。
しかし、ゴーレムの硬い体は風を受けてもびくともせず、魔法具なので眠りもしない。水の魔法を放ってみても同じだった。
ただ、ゴーレムは攻撃を受けたのを認識したようで、ダニエルを掴みながら、こちらへ向かって歩いてくる。
「攻撃系の魔法には火や雷もあるが……あの雑魚まで被弾しそうだな」
「うん。それはやめておいたほうがいいかも」
ブッチョを頭に乗せたリロは、ダニエルとその辺の瓦礫を入れ替える魔法を試してみた。
しかし、入れ替える対象が重すぎて、初級レベルの魔法では入れ替えられなかった。
ミネットも、攻撃用の球のような魔法具をゴーレムの足元に投げている。球が爆発し、ゴーレムは少し体勢を崩したが、転倒するまでには至らなかった。
ゴーレムが手に力を入れたのか、ダニエルが苦しそうなうめき声を上げている。
彼は腹の立つ相手だが、ここで死んでしまったら寝覚めが悪い。
リロは少し迷った末、ゴーレムの腕の付け根に向かって魔法を放った。
「ふ、粉砕……」
家族以外の前で、この魔法を使うのは初めてだ。
ハシノ村の事件でトラウマになっているので、あまり人前で使いたくなかったが、今はそうも言っていられない。この魔法が、リロが使える中で一番強力なのだから。
(ダニエルを巻き込まないように、威力は調整するけど……)
すると、パァンとゴーレムの腕が砕けた。ダニエルが腕ごと落下する。
「あ、効いた!」
手の力が弱まったのか、彼はそのまま這いだして脱出した。そうして、近くの水路に飛び込む。人魚族は走るより泳ぐほうが遙かに早く移動できるのだ。
「逃げよう!」
リロが提案すると、エリゼが首を傾げる。
「お前、すごい隠し球持ってんじゃん。あの魔法をあいつの体にぶち込めないのか? 逃げるより、そのほうが安全だ」
「できるけど、勝手に遺物を破壊して怒られないかな」
「正当防衛だろ」
「……わかった、やってみる」
リリは照準を定め、魔法を使った。
「粉・砕!」
ゴーレムが動いたので、少し的が外れて両足の付け根に魔法が当たってしまった。
足の部分が粉砕され、ものすごい音を立ててゴーレムが倒れる。まだ動いているが、移動はできなくなったようだ。
「ゴーレム、痛覚あるのかな」
「魔法具にそんなものあるわけないだろ」
「そっか……じゃあ、このままでいいかな」
なんとなく、全部を粉砕するのは気が引けて、動けないなら置いといていいかもという気になってしまう。
(もしかすると、昔の情報に繋がるかもしれないし)
先のことを考えると、遺跡のものはなるべく壊したくない。何が過去の人間族の情報に繋がるかわからないからだ。それに、なんとなくとどめを刺す勇気が出ない。
エリゼは不思議そうにしていたが、特に反対する気もないらしい。
「お前がそう言うなら」
ミネットもリロの隣で頷いている。
「そうね。ゴーレムはリロがやっつけたんだし、あなたのやりたいようにやるべきね」
「うん。もう追いかけてこられないし、このままにしておくよ。あとで先生に報告しようと思う……先生なら、何か知っているかもしれないから」
「そうね。もしかすると、すごい大発見顔知れないわよ。ブッチョのお手柄ね」
「ゲェ~~~」
リロの頭の上で、ブッチョが鳴いた。
扉の場所まで戻るとダニエルが待っていた。陸ではなく水路にいる。
「怪我はない?」
通路に屈んだミネットが尋ねると、ダニエルは決まり悪そうに「大丈夫だ」と答える。
そして、リロに向かって小さな声で告げた。
「助かった」
「……!」
「人間でも、あれだけ強い魔法が使えれば……合格できるんだな……」
(あの魔法は試験では使っていないんだけど……)
……と思っていると、ミネットが声を上げた。
「そんなわけないでしょ。リロは試験前の時点で初級魔法大全を全部暗記していたのよ! しかも載っていた初級魔法を実際に使えるの。そんな子が落ちるはずないでしょう?」
ソフィアを抱えたままのエリゼも言葉を添える。
「実技試験、こいつはさっきの魔法じゃなくて、米を収穫して粉にする魔法を使っていた」
ダニエルは脱力したように笑った。
「なんだよ、それ。あの初級魔法大全を暗記なんて……そんな奴がいるのかよ……」
ミネットは「勤勉よね~」と感想を口に出している。
もう全員の間に、険悪な雰囲気はなくなっていた。
そうして皆で来た道を戻り、植物園へ向かったのだった。
しかし、植物園ではモミーナとクリストファーが、水やりからエスケープした生徒を待ち構えていた。




