52:植物園で水やり
(なんでこんなことになっちゃったんだろう)
リロは植物園の中で戸惑っていた。男子生徒はむすっとした様子で突っ立っている。
すると、誰かが話しかけてきた。
「あら、植物園の水やりを手伝いに来てくれた子たちかしら?」
広い植物園の中には既に人がいたようだ。
落ち着いた雰囲気の優しげな女性が立っている。
(この人、知ってる)
入学式でブルーベル寮の寮監だと紹介されていた、魔法植物学教師のモミーナだ。
「あらぁ。人手がほしいって、シオル先生に頼んで正解だったわねえ。あなたたち、お名前は?」
「リロ・リオパールです」
「……ダニエル・リヴァラクタ」
「そう。私はモミーナ、よろしくね。さて、植物園の水やりについて説明するわね」
不思議に思いながら、リロはモミーナの話を聞く。
(……シオル先生が、それっぽいお説教をしていたけど。……体よく、植物園の手伝い要員にさせられただけなのでは?)
なんだか、複雑な気分だ。
「向こう側の水やりは済ませたから、ここの一列だけ水やりをお願いね。この列には危険な植物はないから、新入生でも大丈夫よ。それじゃ、私は新学期の授業の準備があるから、よろしくね~」
モミーナは嬉しそうに、小刻みに手を振りながら、植物園の外へ転移してしまった。
(そんなぁ~)
あの男子生徒と二人とか、気まずすぎる。
どうしようかと悩んでいると、植物園に新たな人物が転移してきた。
「あ、リロ、いた! 大丈夫!? シオル先生に頼んで、私たちも飛ばしてもらったの」
「ミネット!」
小走りでミネットが走ってくる。彼女の後ろには、エリゼもいた。
頭にお腹をパンパンにしたソフィアを乗せたエリゼは、胸に何かを抱いている。
よく見るとそれは……ぷるぷるした見覚えのある生き物だった。
「ブッチョ!?」
寮で留守番をしていたはずなのに、どうしてここにいるのだろう。
「こいつ、カフェの外に落ちてたんだ。お前を追いかけてきたんじゃないか? 一匹でウロウロして危なっかしいから、持ち主ところへ連れてきた」
「エリゼ、助かったよ」
リロはブッチョを受け取る。
「それで、罰とやらは済んだのか?」
「ううん、今からだよ。ここの一列に水やりしないといけないの」
「一列……割と多いな」
植物園は広いので、一列と言ってもそれなりに時間がかかる。
「どのあたりだ?」
「あの子――ダニエルがヤケクソで、植物に水をぶっかけてるあたり」
リロは男子生徒のほうを見た。
シオルやモミーナに指示された以上、彼にばかり仕事をさせず、自分もやったほうがよさそうだ。不本意だけれども。
(サボるのかと思いきや、ちゃんと水やりしてるし。ああ見えて、根が真面目なのかな)
先ほどと同じ水かけの魔法が役に立っているようだった。
リロはまだ何もないところから水を出せないので、先ほどダニエルに対抗したのと同じ要領で、水路の水を移動させて植物に水をかけていた。
ブッチョは水路を見つけ、心なしか嬉しそうにしている。
「泳いでいいよ、ブッチョ」
言うと、彼は嬉しそうな顔で「ゲェー」と鳴いてトゥルンと水の中へと滑り落ちた。
バシャッと水が跳ねる。ソフィアも飛んで近くの木に止まり、羽根を手入れし始めた。
水やりを始めると、エリゼが水を飛ばす魔法で手伝ってくれる。
リロがくみ上げて空中で固定した水が、彼の魔法によって細かいしぶきになって雨のように植物へ降り注ぐ。かなり時間を短縮できそうだ。
ミネットは「私、まだ水関係の魔法が使えないの」と言って、使い魔たちを見てくれている。
エリゼの協力により、予想よりかなり早く水やりを終えることができた。
「ありがとう、エリゼ」
「別に……」
「今の水しぶき、どうやったの?」
「……? 空中で固めた水を移動させながら、分散させてる感じ? 妖精族は理論で考えずに魔法を使うから説明できない」
「なるほど! なんとなくわかった」
練習すれば、リロにもできそうな気がする。
仕事を終えて戻ろうとすると、ミネットの声が聞こえてきた。
「リロ、大変! ブッチョが!」
慌ててそちらへ向かうと、ミネットが水路沿いに走っていた。
彼女の視線の先では、ブッチョが流されている。
「……?」
ブッチョなら泳げるだろうに、なんだか気持ちよさそうに脱力し、水の流れのまま漂っていた。リロは慌ててあとを追う。
「待って! ブッチョ!」
しかし、ブッチョは止まらない。「ドゥフドゥフ」と鳴きながら、そのまま流れていく。
「ちょっと、捕まえてくる!」
言い残し、リロは駆けだした。




