50:カフェの中で2
カフェに戻ったら、ミネットが既にタワーサンドを注文していて、窓際の席も確保してくれていた。
頭にソフィアを乗せたリロは、エリゼの手を引いて、ミネットのもとに向かう。
「ミネット、エリゼとソフィアが、食べるのを手伝ってくれるよ」
「嬉しいわ! 皆で食べるのも、このタワーサンドの醍醐味よね」
ソフィアが「クェー!」と、やる気に溢れた声を上げた。
しばらくすると、タワーサンドが受け取り口に現れた。そうして、ふわふわと空中を漂い始める。
「運ぶ生徒がタワーを倒さないように、タワーサンドは受け取り口から魔法で運ばれてくるって、お店の人から教えてもらったわ」
「あれを運ぶのは大変そうだもんね」
「……あれ、三人で食べきれるか? 無理だろ」
それぞれが感想を述べつつ、運ばれてくるタワーサンドに注目する。
タワーサンドは空中を漂い、リロたちがいるテーブルの上に着地した。ミネットとソフィアがとても嬉しそうだ。
「すごいね。どこから食べたらいいんだろう」
「どこでも大丈夫よ。好きなものを取ればいいわ」
「クェー、クェー!」
「……」
モリモリとそびえるタワーサンドは、量はともかく美味しそうだ。
リロは一番近くにある、卵っぽいサンドウィッチを手に取った。ミネットはハムの入ったものを、エリゼは盛られたフルーツを口へ運んでいる。ソフィアは野菜サンドを確保していた。
皆で食事を楽しんでいると、ふとリロたちのテーブルに影が差した。
タワーサンドの影ではない、誰か別の人がすぐ横の通路に立っている。
リロはちらりとそちらを見た。
……知らない男子生徒がいる。見たところ、人魚族のようだが……知らない人だ。
どうしたのかと尋ねようとしたら、先にミネットが口を開いた。
「誰? このテーブルに何か用?」
すると男子生徒が答える。
「その女、人間だろ。なんでここにいるんだよ」
寮での自己紹介のときから覚悟していたが、リロが人間だという噂が広がっているのだろう。無意味なことなので、別に隠すつもりはない。
リロは正直に答えた。
「アヴァレラ魔法学校の生徒だからだよ」
すると、男子生徒が苛立った様子で告げる。
「人間族のくせに、魔法学区に入学だって? 魔法を使えない種族のくせにおかしいだろ」
「私は魔法が使えるから、入学できたの」
「そんなわけあるか! 不正に決まってる! 人間族は、そういうのが得意だもんなあ」
その言葉に、ミネットがドンとテーブルを叩いた。
「何言ってるの? リロは入学試験に首席で合格しているのよ?」
「それだって、ズルだろ」
「このアヴァレラ魔法学校の入学試験において、不正は見逃されない。厳しく魔法で管理されているわ。あなたはこの魔法学校が、魔法を使えない人間の不正も見抜けない体制を敷いていると言いたいのね?」
「……だって、おかしいだろ。人間がアヴァレラ魔法学校への入学を許されるなんて!」
リロは何を言えば彼との会話が成り立つのだろうかと考えた。
そもそも、リロにこの学校を受験するよう勧めたのは、ここの校長であるクリストファーなのだけれども……。話したところで、彼は納得しなそうだ。
すると、それまで黙ってフルーツを食べていたエリゼが口を開いた。
「お前、どっかで見た顔だと思ったら……実技試験で試験官に文句を言っていた雑魚か」
「なっ……雑……!?」
そういえば、そんな受験生がいた気がする。
男子生徒はエリゼの存在を思い出したかのように、真っ赤な顔になった。
「……お前、あのときの生意気な妖精族か……」
「だったらなんだよ雑ぁ魚。こいつは、あの実技試験を二番目にクリアしてる。あの課題をクリアできていない、お前のほうが不正じゃないのか……?」
「うるさい! 羽虫ごときが調子に乗るな!」
男子生徒がエリゼに向かって口調を荒げる。
羽虫とは、妖精族に対する悪口である。彼らが羽を出した状態が、空を飛ぶ虫に似ていることから、そう呼ばれるようになった歴史があるそうな。
「黙れ、魚類」
エリゼがすかさずやり返す。魚類もまた嫌がらせの言葉だ。雑魚という言葉も、使い方によっては人魚族に対する挑発である。
ちなみに、獣人族だと脳筋とか毛むくじゃらとかが侮蔑の言葉に該当するし、エルフ族は老いぼれ、ドワーフ族は短足と言われるとキレる。
さらに、人間族に対する悪口は、全種族の中で一番多いかもしれない。
リロのいるテーブル席は、険悪な空気に包まれた。




