44:帝国の事情と側室候補(ミネット)
ミネットは憂鬱な気分だった。
なぜなら、母と伯母が学校までミネットの様子を見に来たからだ。
ずらずらと、大量の従者まで引き連れて……。
おかげで、ミネットの素性がマーガレット寮の人たちにバレてしまった。
学校の寮――特に少人数しか所属していないマーガレット寮に、こんな大勢の人間をもてなすだけの設備があるはずもなく……。
ミネットは彼女たちと連れだって、魔法島にある高級なティーホールまで馬車で空中を移動しなければならなかった。
(本当は今頃、リロと一緒に教科書を買いに行く予定だったのに。また自転車で出かけるのを楽しみにしていたのに)
多忙な伯母の都合がつくのが今日だけということもあり、諦めるほかなかった。
(学校で過ごす間は、自由に行動できるって約束だったのに。さっそく訪問されて、身バレだなんて。約束違反だわ!)
心底うんざりする。これでは、今までの生活と大差がないではないか。
ティーホールの一番いい部屋に通され、伯母と母とミネットの三人は席に着く。
あとの者は壁際で待機していた。
さっそく、伯母が口火を切る。
「さて、ミネット、アヴァレラ魔法学校での生活はどうだ? 寮も決まったようだが、落ち着いて過ごせているか」
イライラしながらも、それを顔に出さず、ミネットは答えた。
「ええ、毎日が楽しいわ」
すると、ミネットの母が横から口を挟んだ。
「でもまさか、あの変人ばかりのマーガレット寮だなんて! 判定が間違っているんじゃないの? ミネットちゃんなら、お姉様と同じカメリア寮にいけると思ったのに!」
彼女はいつもこうだ。自分だけの身勝手な考えを、あたかも正しいことのように話して、周りに強要する。
「お母様、寮に上下はないわ。私はマーガレット寮を気に入っているの」
心からの言葉だった。自由な雰囲気のマーガレット寮にいると、息がしやすい。
それに、自分がカメリア寮の、あの熱いノリについて行けるとも思えない。
「でもぉ、ミネットちゃんは側室候補なのに……マーガレット寮だと箔がつかないじゃない。それにあの寮を見た? まるで、魔法生物の巣じゃないの! アレルギーになっちゃうわよ! 今からでも寮を変えられないか、お母様が校長先生に直談判してきてあげる。ねえ、お姉様?」
「やめて」
ミネットは、きっぱりと告げた。余計なことはしないでほしい。
「万が一、私が寮を変えたくなったとしても、そのときは私が自分で校長先生に話をするわ。お母様は何もしないで」
伯母はミネットたち母子の会話を、黙って眺めていたが、改めて口を開く。
「そうか。それで、友人はできたか?」
「ええ、ルームメイトの子と仲良くしているわ。この間は、一緒に買い物に行ったの」
そこに、また母が口を出す。
「んまあ、買い物ですって? そんなの、商人を呼び寄せればいいじゃないの。それに、優れた店を選ばなきゃ……言っちゃ悪いけど、ルームメイトは普通の子でしょ? そんな子と同じレベルのものを買うなんて……」
「魔法媒体と飛行媒体は、きちんとした店のものを揃えているわ。あとのものは、どんな道具でも授業に支障はないはず。それに、街を見て回るのも楽しかったの」
「でも、あなたは未来の側室なのに、外で何かあったらどうするの? 試験のときの飛行船だって、事件が起こったじゃない……」
「あのとき助けたくれたのが、私の今のルームメイトよ。とてもいい子なの」
「でも、ミネットちゃんに相応しいお友達とは思えないわ! お母様が今年入学した貴族の子に声をかけて……」
「必要ないわ。私は、私が仲良くなりたい子と仲良くするから」
「どうしてそんな、我が儘を言うの⁉ お母様はあなたのためを思って言っているのよ?」
はい、出た。「あなたのため」。
何一つ、ミネットのためになんてなっていない。それどころか、足かせでしかない。
母は子供のことを思うふりをして、自分の望みを全部ミネットに押しつけるのだ。
側室の話だって、伯母が側室候補を探しているのを知った母が、強引に話を進めた。
そうして、親戚の中で、年齢が適した女児がミネットだけだったこともあり、運悪くそれに選ばれてしまった。
「……お母様、言ったはずよ? 魔法学校に通っている間は、全部私の好きにするって」
努めて穏やかに答える。彼女を変に刺激したら、物事は上手く進まない。
今はミネットの人生で、唯一の猶予期間なのだ。
これから一生を棒に振るんだから、ここにいる間くらい好きにさせてほしい。そして、少しは静かにしていてほしい。
(せっかく私が猫を被って、態度を取り繕っているのに……)
少しくらい察して、こちらの気分が荒立たないように配慮してほしいものだ。
(もっとも、お母様にそんなことを期待するだけ無駄だけれど)
今までの人生で、嫌と言うほど思い知らされている。価値観が違いすぎて、まともな会話にならない。
母はミネットが次の側室になることを、名誉なことだと疑わない人だった。
「終わったらきちんと、『側室候補』をするわ。もちろん、在学中の公式行事でもね――そういうことだから、伯母様、何も心配はいらないわ。私は覚悟できてる」
選ばれてしまった以上、自分はドワーフ族の代表として、帝国の後宮で上手く立ち回っていく義務がある。今後も、ドワーフ族の力を減退させないために。
現在の皇后はドワーフ族の伯母だ。
だから、今の時代は、帝国内でドワーフ族の発言権が、ほかの種族より少しだけ強い。
しかし、それは彼女が皇后の地位に就いている間だけ。次の皇后が即位すれば、その種族が繁栄することになる。そうなったときに、側室になった、ミネットの真価が問われるのだ。
次の皇后より、強くあらねばならない。
「私としても、身内であるお前が次の側室だとやりやすい。皇后の座を退いたあとも、ドワーフ族の繁栄が続くよう期待しているぞ、ミネット」
「安心して。そのときは、ちゃんとやるわ。だから今だけ、好きにさせてほしいの。もともと、そういう約束だったはずよね?」
なのに、どうしてわざわざこの場所に来たのか、と、言外に伯母や母を責める。母のほうは、ミネットの抗議に気づいていないだろうけれど……。
「ああ、ミネットは聞き分けがよくて助かる。本当は私一人で会いに来る予定だったのだが、お前の母親のソネットが行くと言って聞かなくてな。大量の従者を呼び寄せて、大事になってしまった」
皇后なのだから、母の我が儘くらい止めてほしいところだ。
「ソネット、少しミネットと二人で話がしたい。側室の仕事に関する話だ」
「わたくしは、ミネットの母親よ? 同席するわ」
「外せ。皇后命令だ」
不満そうにしながら、母は渋々別室へ移動する。
「ミネット、面倒をかける。ソネットは自分ではなく、私が皇后に選ばれたことに、未だ納得できていないのだ。だから、自分の夢をお前に託したいのだろう」
「そうかしら? だとしても……母の性格は、皇后には向いていないわ。直情的すぎるもの」
「ああ。だが、娘のお前は後宮でやっていける性格だ。背負わせてすまない……身近な娘の中に、ほかに適した者がいなかったんだ」
「わかっているわ」
それも承知で、ミネットは今、こうしている。
「それから、お前のルームメイトについて、調べさせてもらった」
伯母の言葉に、ミネットはハッとして顔を上げる。
「リロ・リオパール。母親が現側室の友人だそうだ。両親共にアヴァレラ魔法学校の卒業生であり、信用できる家柄だな」
「え、ええ、そうよ……リロ自身も、素敵な子なの」
今時、あそこまでまっすぐな性格の子は珍しいくらいだ。それに、ミネットの素性を知っても、態度を変えずにいてくれる。
「だが、養女だそうだな」
「……」
「そして、問題なのが種族だ。よりによって人間族」
伯母の声が低くなる。
「そこまで調べたの」
「その様子だと、知っていたのか……」
「本人が話してくれたわ」
だが、リロはミネットの知っている人間族とは全く違う。短い付き合いだけれど、それははっきりしていた。
なんとかして、彼女が悪くはないと伯母に訴えたい。
「リロは獣人の家族に育てられているから、おそらく人間族に受け入れられなかったんだと思うわ。本人も普段は獣人のふりをしているし、獣人になりたがっているように感じられるの」
人間族には問題が多い。ほかの種族に敵対的で、困った種族の代表と言える。
帝国には、ピア王国から来た人間族の側室もいる。側室を送ることで、ピア王国は帝国の庇護下に置かれているのだ。
けれど、代々、人間族の女だけは絶対に皇后になれない。
魔力がないのと、強欲な同族からの干渉が激しいからだ。
ひとたび皇族に人間の血を入れれば、とても面倒なことになるだろう。十二歳のミネットでも簡単に予測できる。
しかし、リロはきっと、同じ種族だからという理由で、人間に肩入れはしないだろう。
「ミネットのルームメイトが人間だと明るみに出るのは、時間の問題だ。すぐに多くの者が知ることになる。もちろん、人間族もだ」
「もし、そうなったら、人間族は、リロを傷つけるかしら?」
「始末するか、利用するか……おそらく碌なことにならん。そのときが来たら、お前自身、人間族のいざこざに巻き込まれないよう気をつけろ。側室候補である、お前自身の身を決して傷つけるな」
「……もちろんよ」
「今日はそれを言いに来たのだ。自覚があるならいい」
話が落ち着いたところで、しびれを切らした母が護衛の制止を振り切って乗り込んでくる。
「ちょっと、ミネットちゃん、なんのお話をしていたの? お姉様、私をのけ者にするなんてずるいわ!」
母の質問には、ミネットの代わりに伯母が答える。
「皇室に関わる者だけの話だ。私は次の予定があるので、ここを発つ。……ソネット、行くぞ」
「ええ~、もっとミネットちゃんとお話がしたいのに。あなた、娘がいないから、私の気持ちがわからないのね? 息子と娘は違うのよ!」
「……はぁ」
伯母は露骨にため息を吐いた。彼女には息子が一人いる。今の皇太子だ。
そして、その人物こそが、将来ミネットの夫になる相手だった。
「お母様、次からは、訪問前に連絡をちょうだい。ほかの生徒の迷惑になる行為は慎んで。私たちの評判にも関わることよ」
「庶民に配慮する必要なんてないでしょ? むしろ、向こうが客室を用意しなさいよ」
「アヴァレラ魔法学校は、そういう場所じゃないのよ」
母は、ここの卒業生ではない。
伯母曰く、入学試験に落ちて行けなかったそうだ。それで、祖父が帝国内の貴族の子女が通う名門女子学校に寄付金を詰んで、入学させてもらったという……。
だから、伯母やミネットにわかる感覚が、彼女には欠如している。
小さな頃から、ずっと思ってきたことがある。
(私、お母様の、お守りをするのがしんどい)
特大の我が儘を背負った大人に寄りかかってこられても、十二歳のミネットでは彼女を支えきれないのだ。ミネットの父は母と離婚していて、ほかに頼れる家族もいない。
ご機嫌を取るのも、常識を教えるのも……もう疲れた。
(まあ、いいわ。魔法学校にいる限り、お母様と関わることもないでしょうから)
ふと、窓の外を見ると、リロが薄紫色の髪の男の子と一緒に歩いていた。
(あの子、確か……エリゼっていう名前だっけ。リロと仲がいいの? 私も混じりたい)
駄目だ、今そわそわしたら、母に気づかれてしまう。もし、彼女がリロのことを知れば、面倒なことになるのは必至だ。
ミネットは窓から目を逸らせた。
「伯母様も忙しいみたいだし、私、もう行くわね」
「ミネットちゃん! 勝手に出歩くなんて駄目よ、馬車で……」
「大丈夫。魔法島は治安がいいのよ。伯母様、お母様をお願いね」
体よく母を伯母に押しつけたミネットは、そそくさと個室から逃げ出す。
そうして一目散に、リロたちが去った方向へ駆けだしたのだった。




