42:使い魔探しとファソの森2
しばらく「ファソの森」を歩き回ったリロだが、魔法生物との契約はできないままだった。
ただ、収穫はあった。
ほかの生徒を観察していると、契約が成立するパターンは、魔法生物のほうから生徒に寄ってきたとき……と、相場が決まっていたのだ。
(つまり、私がむやみやたらと声をかけても、意味がないってこと)
そして、リロのほうへ来てくれる魔法生物はいない。
(出直すべきかなぁ)
ちょっとだけ、ショックだった。
平原から森抜け、水路の場所まで戻ってくると、見知った顔があった。
「あ……」
薄紫色の髪の男の子が、水路の前で、肩に青く綺麗な鳥を乗せている。
孔雀のような、冠鷲のような優雅で美しい鳥だ。
「エリゼ?」
前に教えてもらった、彼の名前を呼ぶ。彼はリロのほうに視線を移した。
「……ああ、お前か」
「リロだよ。使い魔、見つかったの?」
「『ファソの森』に入ってすぐ、飛んできた」
この鳥は、よほどエリゼの使い魔になりたかったようだ。ちょっと羨ましい。
「お前は、まだみたいだな」
「うん。私のパートナーになりたい子は、ここにはいないのかもしれないね」
人間だからとか、そういう理由があるのだろうか。だとすれば、とても理不尽で辛い。
そんなことを考えていると、不意に足元でバシャッと水が跳ねた。
「ん……?」
見ると、リロのすぐ足元の、水路の縁に何か茶色い物体が漂っている。
(魚? いや、微妙に違う?)
その物体は、リロの傍から動かない。
一匹だけで、ゆらゆらと、そこで浮かんでいた。
ぶよぶよしていて、縁には気持ちばかりの黄色い鰭があって、つぶらな目が二つついていて、鸚鵡のような厚い嘴もついている。見たこともない生き物だった。
「おい、なんだ、そいつは……」
エリゼも気づいたようで、不思議そうに水路をのぞき込む。
「もしかして……」
ハッとしたリロは、不思議な魔法生物を見つめた。
「この子、私の使い魔になりたいのかな……」
エリゼは露骨に顔をしかめる。
「まさか、そいつと契約するつもりか? そんな不気味な物体と?」
「え? 可愛くない?」
「……大きな蛞蝓にしか見えない」
リロはそんな風には思わなかった。魚みたいな、鳥みたいな、海鼠みたいな不思議な生き物は、愛嬌があって可愛らしい。
屈んで、ポケットにしまっていた花を取り出し、水路の水面付近に下ろしてみる。
すると……。
バシャバシャと不思議生物が跳ねて、「アカディの花」を嘴にくわえた。
「わあっ! やったぁ! 受け取ってもらえた!」
嬉しくて、思わず声に出してしまう。
「マジか……それでいいのか……?」
隣ではエリゼが呆気にとられた様子で、リロと不思議な魔法生物を見つめていた。
「この子、どうやって連れて帰ろうかな。水に入っていないといけないのかな」
「知るかよ」
そんな会話をしていると、水の中にいた不思議な魔法生物が、ヒタッヒタッと這うようにして水路から陸へ上がってきた。
「あ、外も大丈夫なんだね。じゃあ、抱っこしていこう」
特に抵抗されることなく、抱き上げに成功する。
ちょっと湿っているが、持ち運びはできそうだ。粘ついたりはしておらず、触った感触はぷるんとしている。
「おい、本当に、その蛞蝓、持って帰るのか?」
「そうだよ。名前はブッチョにしようと思うんだ」
不思議な魔法生物は、名前が気に入ったようで、「ゲェー」と嘴から声を出した。
「あ、鳴いた!」
魔法海獣語ではない。とくに意味のない鳴き声のようだ。
でも、なんとなく「いいよ」と言ってくれたような気がする。
「そういえば、エリゼのパートナーには、もう名前を付けたの?」
「……ソフィアだ」
「素敵な名前。とても綺麗な子だね」
リロが言うと、彼の肩の上のソフィアが「クェーッ」と鳴いた。
魔法鳥獣語で「当たり前でしょ?」という意味だ。頭もいい鳥らしい。
「ゲェーッ、ドゥフドゥフ」
ブッチョがまた鳴いた。
「うん、ブッチョも可愛いよ。お肌がつるすべだし、葡萄みたいな匂いだし、ひんやりしてるし」
「ドゥフン」
やはり、なんとなく、会話が成り立っている気がする。
(こっちの言葉は理解できるけれど、自分は喋れない系の魔法生物なのかも)
魔法生物の中には、そういう子も割と多い。
「エリゼはこれから、どこかに行くの? 買い物は済んだ? ダリア寮ってどんなところ?」
「用は済んだから帰る。授業開始までに必要な用事は大体済ませた。ダリア寮は普通だ」
「寮の中に、魔法生物はたくさんいる?」
「いねーよ。なんだよ、魔法生物がたくさんいる寮って……」
「マーガレット寮には、いっぱい住み着いてる」
「……マジか……いや、なんかお前の寮っぽいな。そう考えると、納得できるわ」
「お前じゃなくて、リロだよ。一緒に、お昼食べない? 近くのパン屋が美味しくて有名なんだって」
「妖精族は、花や果物のほうが好きだ」
「……エリゼは妖精族だったんだ?」
それなら、魔法が得意なのも頷ける。
「そういうお前は雪豹獣人でも、霊長類系の獣人でもないな……尻尾がないっぽいし。でも、俺らみたいな妖精族とも違う。何者なんだ?」
「やっぱり、試験のとき、帽子の下を見られちゃったんだね」
兄のロバートも、エリゼにはフードの中を見られたと言っていたし、それは覚悟していた。でも、最近、この手の種族の紹介が、地味に堪える。
「そうだね。私は、獣人族とも妖精族とも違う……」
自分のことを話すだけなのに、後ろめたく思ってしまう気持ちが嫌だった。
「あのね、私……魔法が使えるけど、人間族なの」
「ふぅん。だから耳と尻尾がなかったわけか。納得した……」
それだけ言うと、エリゼは用が済んだとばかりにきびすを返す。
(あれ……? ……あんまり、突っ込まれなかった)
少しだけホッとする。
妖精族は、普段は妖精界というところで暮らしている。
だから、そこまで人間族という言葉に反応しなかったのかもしれない。単に他人に興味がないだけかもしれないが……。
(あの子、ツンツンしてるけど、悪い子じゃなさそう)
リロは他人を観察する癖がある。もしかするとジーンの言うように、他人の目が気になる性格だからかもしれない。
それでも、なんとなく、エリゼは大丈夫な側の人だという気がした。
ファソの森:魔法島アヴァレラ西側の外周に沿って広がる森。島で暮らすほとんどの魔法生物は、ここに集まっている。使い魔になりたい子たちは、積極的に森の手前に出て待機している。




