35:魔法島の街で買い物
外から改めて見ると、マーガレット寮はアヴァレラ魔法学校の南西に建っているようだ。
豹耳パーカー姿のリロは、好奇心の赴くまま、ミネットの持つ地図と周囲を見比べる。
ほどよく学校に通いやすく、街にも出やすい場所だった。
「ここはマーガレット寮の寮通りね。『風待ち通り』というの。自然が多めで、カフェや図書館がある落ち着いたエリアよ。あそこのパン屋がおいしいと有名ね」
なかなか、よさそうなエリアだ。自然が多いところは、獣人の家族とカドの町で育ったリロにとって、高ポイントである。
「それで、ここをまっすぐ歩いて、中心部のほうに曲がると『ふわり横町』があるわ。可愛い雑貨や服飾品が売られているの。可愛いケーキ屋もあるわ」
「ミネットは詳しいね。すごい……」
「私は何度か魔法島に来ているからね。でも、こうして自由に友達と街を回るのが夢だったの。いつもはたくさんの大人に囲まれていたから」
「たぶん、ミネットは……お嬢様なんだよね? 大変だね」
「そうねえ、お嬢様ではあるわね。リロに言っていなかったけど、私……ボウル帝国皇太子の側室候補なのよ。候補って言っても、ほぼ確定みたいなものだけど」
「そっ……!? 側室!?」
ミネットは、リロとそう変わらない年齢に見える。
それなのに、もう側室としての未来が決まっているようだ。
「私の伯母が今の皇后なの。だから、彼女が私を推薦した」
歩きながら、ミネットが彼女の境遇について話してくれる。
「でもね、今の代の皇后がドワーフ族だから、次の皇帝は絶対に、ドワーフ族以外の種族から皇后を選ばなきゃいけない。ボウル帝国はそうやって、国内のバランスを保っているからね。どんなに頑張っても、私は絶対に皇后にはなれない。不毛な立場よね~」
文句を言いながらも、彼女の声には割り切ったような響きがあった。
「だから、学生時代だけでも、私は自由でいたいのよ。好きなことを好きなだけ楽しむわ」
リロには想像もつかない世界だ。
それでも、ミネットは逃げ出さずに、将来的には役目を全うするつもりでいる。そんな彼女をすごいと思った。
「あのね、ミネット。私、一般人であんまり役に立たないけど、ミネットが困っていたら力になるからね?」
「ふふ、ありがとう、リロ。飛行船の駅で、あなたに声をかけてよかったわ」
「そうだ、なんで私に声をかけてくれたの?」
「あんまりピリピリしてなかったから。皆、受験モードで張り詰めた感じで……声をかけにくかったのよね」
「なるほど。確かに私、緊張はしていたけど、初めての帝都や飛行船にわくわくしていたから……」
「リロは身近なドワーフ族じゃなくて、獣人族だったから、ちょっとドキドキしたけど」
そこで、リロはハッとした。
ミネットは自分の出自を明かしてくれたのに、リロは自分の正体を黙ったままだ。
(嘘ついたままなの……嫌だな……)
ルームメイトである彼女には、いずれ、確実に正体がばれてしまうだろう。
それなら、早めに本当のことを話したほうがいい。
「あのね、ミネット」
真剣な空気を感じ取ったのか、ミネットは静かにリロを見た。
「私、本当は獣人じゃないんだ。いつもフードで雪豹獣人のフリをしてるけど……」
「えっ、そうだったの? ドワーフ族ではないわよね、エルフ族にも見えないし、羽根も鰭も角もないし。なんの種族かわからないけど……」
「人間族なの」
「えっ……? でも、リロはアヴァレラ魔法学校に合格したのよね? 飛行船で魔法も使っていたし……人間族は魔法を使えないんじゃないの?」
ミネットの言うとおりだった。
ただ、どういうわけか、リロだけは魔法が使えてしまう。
「私、人間族なのに魔法を使えるんだ。獣人の家族に育ててもらったから、文化は獣人族に染まっているんだけどね」
「このこと、ほかの人は知っているの?」
「校長先生は知っているよ。ほかの先生も知らされているかも。生徒はミネットだけ」
「そんな大事なことを、教えてくれたの……?」
「ミネットだって、事情を教えてくれたから。自分だけ黙っているのは、フェアじゃないと思って」
彼女とはずっと友達でいたい。それにミネットなら、リロが人間であっても、それを理由にして拒絶してこない気がした。
「そっか……大変だったね」
詳細は何も言っていないが、ミネットはリロの事情を察してくれたようだった。
「ううん。大丈夫、何かあっても、私がリロを守るからね!」
「う、うん? 私もミネットを助けるよ!?」
「心強いわ」
ミネットは嬉しそうに微笑む。
「さて、目的の店は、『星影通り』にあるの。『風待ち通り』をまっすぐ進んで、坂道を降りたところよ」
リロとミネットは、広い公園の中を歩くような、「風待ち通り」をしばらく進んだ。
適度に木が茂っていて、整備された芝生が広がり、綺麗な花も咲いていて、時折ベンチも置かれている。
そうして、その芝生の広場の中に時々カフェやドリンクスタンド、パン屋や図書館が建っていた。
まっすぐ歩いていると、階段が見えてくる。その上からはアヴァレラの下町を一望できた。風が気持ちいい。
階段を降りていくと、やや細めの入り組んだ通りに出た。




