32:魔法学校の入学式と寮決め
そうしていよいよ、魔法学校の入学式の日がやってきた。
魔法島の空は澄んだ青空で、雨を予告する魔法生物、スカイフィッシュも飛んでいない。
魔法学校のある駅で、列車から降りたリロは、ドキドキと高鳴っていた。
(今日は座れた……)
入学式に参加するため、リロは魔法学校の制服である、フード付きの黒いローブを身に纏っている。
これは全校生徒共通の服で、入学式などの正式な場に着ていく服だ。
本来はこの下に寮の制服を着るらしいのだが、寮は学校に到着してから決められる。
……というわけで、新入生は私服を着ていって大丈夫なのだ。
リロは母に作ってもらった、雪豹耳のフード付きパーカーを着ている。以前着ていた上着よりも、若干生地が薄い。下は水色のスカートだ。
靴も向こうで用意してもらえるみたいなので、ひとまずいつもの蛍絹木の樹皮の靴を履いていた。鞄は持っている中で一番容量の大きな、古いヌタタウルスという魔法生物の革でできたものだ。
それは父サムが昔使っていたもので、今はリロが引き継いでいる。とてつもなく頑丈な素材で作られており、多少手荒に扱っても二百年はもつと言われていた。
入学式の試験で、リロは首席合格だったらしく、特待生として一年目の授業料だけは免除される。両親の負担を少しでも軽くできて、ほっとした。
「緊張してきた」
ちらほらと私服にローブ姿の生徒たちが、リロと同じようにアヴァレラ魔法学校へ続く、テラコッタ色の石畳でできた坂道を上っている。
ふと頭上が陰り、見上げると、一台の豪奢な空飛ぶ馬車が、風を切って猛スピードで学校のほうへ走って行った。
(あの馬車……知ってる……)
前に飛行船の駅の前で見たことがある。
(ミネットも、合格したんだ)
仲良くなったドワーフ族の女の子と一緒に学校に通えるとわかり、リロは嬉しくなった。
入学式は講堂で行われる。天井の高い、真っ白でドームのような屋根の建物だ。
入り口のステップを踏むと、入学式のときのように転移し、気づけば講堂内の自分の席にいた。横に四人ずつ並んだ、白いベンチの上に腰掛けていて、両側にも入学生が並んでいる。
(全部で、四十人くらいかなあ?)
真ん中には広い通路があり、前方は段差になっていて上段部分に教師たちが並んでいた。
キョロキョロと周りを見回す。ミネットが通路を挟んで反対側のベンチにいる。薄紫色の頭の男の子もいた。やはり彼は合格していたようだ。
しばらくして時間が来ると、校長のクリストファーが壇上に上がった。全く堅苦しくはなく、いつものような緩い雰囲気だ。
「やあ、皆さん。入学おめでとう! これから三年間この魔法学校で学ぶことになるけど、自分のなりたい者が見つかるといいねー。ってことで、次、行ってみよう!」
続いて、魔法島アヴァレラの議員と呼ばれる人たちが二人、挨拶を始めた。
彼らはこの島を運営したり、管理したりする人たちなのだそう。
かつて、クリストファーが言っていた言葉が頭をよぎる。リロが読みたい、人間に関する過去の資料を見るには、ああいった管理者になるか、研究機関に所属して閲覧許可をもらわないといけないみたいなのだ。
(あの二人はきっと、今の私が読めない資料とかも、読めちゃう人なんだろうなぁ)
ちょっと羨ましく思いながら、リロは二人の話を聞く。
「いいか、君たちは選ばれた者たちなのだ! その誇りを汚さぬように、うんたらかんたら……」
議員の一人、人魚族のおじさんは中央の段の上に上がって、ずっと話し続けている。長い。
もう一人はとても体が小さいおじいさんだ。居眠りしている……。
(小人族かな?)
人魚族のおじさんが話し終えたタイミングで、小人族のおじいさんはパチッと目を覚ました。そうして、ささっと壇上に飛び乗ると、短く告げる。
「要は楽しむことじゃ! 何事も、楽しさから!」
それだけ言って、また席に戻る。
人魚族のおじさんがいろいろ言っていたが、最後は小人族のおじいさんの「楽しむこと」で話がまとまってしまった。生徒たちからの拍手が巻き起こる。
(さては皆、長い話に飽きていたな……?)
一段落ついたところで、クリストファーがまた壇上に戻った。
「さてさて皆さーん、こうやって、手を前に出して」
クリストファーは両手を揃え、前へ差し出すような仕草をしてみせる。
「……?」
よくわからないながらも、リロは言われるまま真似をした。すると……。
ふわっと、手のひらの上に小さな鉢が現れる。
軽い鉢の中には白い土が入っていて、固く閉じられた、緑の蕾の状態の花が一つ植わっていた。周りの子も、全く同じものを持って、戸惑っている。
「これは何?」
よくわからないまま見つめていると、クリストファーが次の指示を出した。
「蕾に向かって息を吹きかけてみて」
「……?」
ともかく、クリストファーを信じて、言われたとおりに「ふぅ~っ」と息を吹きかけた。
すると、徐々に蕾がふんわり開き、光を放ち始めた。
(これ、魔法だ)
リロの持つ花のつぼみは、白い光を放っている。
そして、光が消えたあとには、可憐な白いマーガレットの花が咲いていた。
(……これはなんだろう?)
周りを見ると、赤い花や青い花、黒い花の子もいる。
(ミネットは……あ、白だ! 薄紫髪の男の子は黒みたい)
色は全部で四種類のようだ。
「うーん、皆花が咲いたみたいだね。それは寮分けの花だよ。寮については今からカルボン先生に説明してもらうね」
クリストファーは長い説明をカルボンに投げた。
(あ、カルボン先生)
彼はリロが実技試験をしたときの、試験監督だった。
前に立ったカルボンは相変わらず元気よく、張りのある声で説明を開める。
「これは、『寮分けの花』だ。花の色によって、一番自分の性格や能力に合っている寮に振り分けられるぞ!」
リロはわくわくしながら彼の説明を待つ。
「まず、情熱の赤の花は、フレイム・カメリア寮! 寮監は私、魔法体育学担当のカルボンだっ!」
赤色の、燃えるような花を手に持っていた子たちが、わぁぁぁっと歓声を上げた。のりのいい、元気な子が集まる寮みたいだ。
寮監は寮を監督する先生のことである。
「次は、優しい青の花。アイス・ブルーベル寮! 寮監は魔法植物学のモミーナ先生!」
太い三つ編みを片側に垂らした、ドワーフ族の穏やかな中年女性が立ち上がって手を振り、青い花を持つ生徒たちから、彼女に向けて温かな拍手が送られる。こちらは優しそうな子が多い印象だ。
「個性的な黒の花は、ライトニング・ダリア寮! 寮監は魔法歴史学のシオル先生!」
気難しそうな、眼鏡をかけた鳥人族の老年の男性が立ち上がり、黒い花を持つ子たちからパラパラと拍手が鳴った。入学式や寮の発表に関心のなさそうな、クールな子が多そうだ。
「自由な白の花は、ストーム・マーガレット寮! 寮監は魔法生物学のジーン先生!」
いかにも新人っぽい、若い獣人族の男性が立ち上がり、微笑んでいる。
リロを含めた白い花を持つ生徒から、元気な拍手がバラバラに鳴り、時折「わー」と、かけ声が上がった。マイペースな感じだ。
(お兄ちゃん、どこの寮なんだろう)
できれば一緒がいいなあと思うリロだった。
「よし! 新入生は入学式が終わったら、それぞれ寮に移動する! それぞれ寮監の先生のもとへ集まるように!」
説明が終わると、手元の花が現れたときと同じように、ふわっと消えた。
「あっ、そうだ。寮名は長いから、ぶっちゃけ皆、下の名前だけで呼んでいるぞ!」
カルボンが席に戻り、最後にクリストファーが話をまとめる。
「明日以降の細々とした予定は、寮監の先生に聞いてねー! それでは、皆、新生活を楽しんで! 解散!」
(また、ほかの先生に説明を任せてる……)
ともあれ、これで、入学式は終わったみたいだ。
リロは言われたとおり、マーガレット寮の寮監、ジーンのもとへ向かった。
他の子も、それぞれの寮監のもとへ向かっている。人数は均等というわけではなく、あくまでその生徒に合わせた判断になっているようだ。
(ブルーベル寮は人数が多いかも)
十五人くらいいる。
よく見ると、実技試験で一緒だったドワーフ族の男の子がブルーベル寮のところにいた。彼も合格していたらしい。
(フレイム寮も多めかな)
こちらも十人以上はいた。
(ダリア寮とマーガレット寮は、少ないみたい)
それぞれ、六人ほどしかいない。
同じ寮になったミネットがリロに声をかけてきた。
「リロ! あなたも合格していたのね、同じ寮なんて嬉しいわ!」
「私も! 来るときに豪華な馬車が見えたから、ミネットが来てるってわかったよ」
「もー、恥ずかしい。馬車通学、目立つから嫌だったのよね。これからは寮から通えるから、気持ちが楽だわ。マーガレット寮って、どんなところなのかしら。楽しみね」
ミネットと話しながら、リロもまた寮への期待に胸を膨らませた。




