30:魔法学校からの帰り道2
飛行ボードはゆっくり空へ上がっていく。
「人間の耳、見られちゃった……」
「……だな。あれは仕方ない」
ロバートにも、上から様子が見えていたようだ。
「まあ、はっきり見られたのは一人だけだし、なんとかなるだろう」
「そっか」
「でもな、リロ。魔法学校へ行くなら、人間だと言うことを、ずっと隠し通すことはできないぞ。いずれバレる」
「……うん」
その通りだったので、リロは静かに頷く。
それは、家族でも話し合っていたことだった。
入学試験のときは、できるだけ獣人のふりでやり過ごすことは決めていたけれど、入学後のことに関しては、自分で決めていかなければならない。
一生、カドの町に引きこもって生きていくのでなければ、覚悟しなければいけないことだった。
「戸惑うことも、嫌な思いをすることも、あるかもしれない」
飛行ボードは、ある程度の高さまで上昇すると、ゆっくり前へ進行し始める。
「……でも、それでも、魔法学校に行きたいって決めたのは私。大丈夫だよ、ありがとう、お兄ちゃん。なんとか、やっていくから」
「いつも傍で、俺がリロを守れたらいいのに」
ロバートの次の学年は、三年生。これから、実習がメインになる。
実習の多くは、アヴァレラ魔法学校、ひいては魔法島の外へ出るそうだ。ロバートも例外ではない。
せっかく一緒の学校に通えたのに、バラバラになるのはちょっと寂しい。
「あ、そうだ、リロ。お菓子食べる? ほら」
言うと、ロバートは鞄から飴の包みを一つ取り出し、リロに差し出した。
「魔法島で買ったんだ」
「わあ」
キラキラした包み紙には、可愛い黄色の花の絵が描かれている。
リロはさっそく包みを開いて、まん丸のつやつやした、オーロラ色の飴を口へ放り込んだ。ふんわりした優しい甘さが、口の中に広がっていく。
(わあ、おいしい)
しかし、次の瞬間、リロの口の中がぶわっと膨らんだ。
「……!?」
口を閉じていられなくなり、慌てて口を開けると、リロの口の中から次々に、ポンポンポンッと黄色の花が飛び出した。飛び出した花は空中に浮かんで、上へと浮上している。
ロバートの肩に乗っているキキが、楽しそうに手を伸ばし、花を捕まえようとしていた。
(あ、この花、列車から見えたやつだ。空中に浮かぶ、謎の花)
驚くリロを見て、ロバートが笑う。
「風船花の飴玉だよ。嘗めている間、花が口から飛び出し続けるんだ」
「ひゃべへふぁい(喋れない)」
魔法島には、面白いものがたくさんあるようだ。ロバートは笑いながら飛行ボードを加速させる。途中で魔法生物や、空飛ぶ自転車に乗った人や、箒に乗った人とすれ違った。
下を見ると、ロバートの飛行ボートと並行して列車が走っている。
「追い抜かすぞ」
ロバートはさらに速度を上げた。
「そんなに早く飛んで大丈夫?」
「平気、平気。俺、飛行は得意なほうだから」
列車を追い抜かしたロバートは、スピードを緩めずに飛行船の駅を目指す。彼の肩の上ではキキが「キャッキャッ」と喜びの声を上げた。
徐々に空の色が暗くなってくる。
しかし、雨が降る前にロバートの飛行ボートは飛行船の駅の上空にさしかかった。
「ほら、ついたぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
飛行ボードが安定した速度で降下していく。
リロはほかの受験者たちより一本早い飛行船に乗れそうだった。
「じゃあな、リロ。父さんと母さんによろしく言っといて」
「うん! お兄ちゃん、実習応援してるね」
「任せろ!」
話す口調も内容も、たくましくなった兄はにかっと微笑み、リロを見送る。
リロは兄に手を振りながら、飛行船のタラップを目指した。往復切符なので、切符売り場に寄る必要がないのだ。
帰りの飛行船は静かで、リロはロビーを散策したり、レストランや売店を覗いたりしながら空の旅を楽しんだ。
帝国の駅に着いてからは、急ぎ足で川を目指す。魔法島だけでなく、こちらでも雨が降りそうだった。
川へ行くと、行きと同じ川クジラがウロウロしていた。声をかけると大喜びで寄ってきて、リロを乗せてくれる。
帝都観光を楽しみ、川クジラも満足できたようだった。




