3:森の奥の岩山に捨てられた日
ギィッと、玄関の扉が開き、リロの肩が、ぴくりと震える。
帰ってきたのは、土に汚れた衣服を纏う、野良仕事を終えた母だった。
彼女はいくつかの野菜の入った籠を、乱暴に土を固めただけの床に置く。
母の姿を見た瞬間、抑えていた気持ちが一気にあふれ出し、リロは縋るように駆け出していた。
両親だけが、唯一リロが縋れる相手だったからだ。
「おかあ、さん……」
震える声で彼女に呼びかけるが、母がリロを見る目は、村人たちとまったく同じだった。
明らかに拒絶の色を帯びている。冷たい視線を受け、リロは傷ついた。
言葉を失ったリロは足を止め、その場に立ち尽くす。
彼女もまた、あの日から変わってしまった。
けれど、リロはそれを受け入れられない。受け入れたくない。
(どうして? 苦しいよ。もう魔法は使わないから……だから……)
いい子になるから、前みたいに笑ってほしい。
知らないうちに、また涙が頬を伝っていた。
けれど母は、リロの存在を無視して台所へ向かい、無言のまま夕飯の支度を始める。
鍋に水を張る音が、やけに遠く感じられ、不安になったリロは再び母へと近づいた。
「おかあさ……」
「うるさいっ!」
声をかけてすぐ、バシッと頬に鋭い衝撃と痛みが走る。頬を強くぶたれたのだ。
じん、と焼けつくような痛みが残り、思わず小さな声が漏れる。
悲しみから、視界がじわりとにじんだ。
「あんたのせいで、私たちまで、散々な目に遭っているんだよ!」
母はリロに向かって金切り声を上げる。
数少ない、縋れる相手にすら拒絶され、リロは絶望した。
「化け物を産んだ親だって言われてるんだよ、私は! あんたのせいで、みんなに白い目で見られる!」
ガシャーンと、彼女の落とした食器が床に当たって割れた。
破片が飛び散り、リロはびくりと体を縮める。
「ご、ごめん、なさい……」
「謝って済む問題か? ああ? お前のせいで貴重な皿を落としたんだよ! この忌み子が!」
近寄ってきた母が、リロの前髪を掴んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、い、痛いっ!」
リロはただ、小さな体を震わせ目を閉じる。
(また、ぶたれる)
そう思った瞬間、再び玄関の扉が壊れそうな音を立てて開いた。
入ってきたのは、無精ひげを生やした父だった。
彼もまた仕事帰りのようだが、外で何かあったのか、機嫌が悪い。
「おい、それを森へ捨てに行く。飯はそのあとだ。これ以上、厄介者を家へ置いておけない。村の奴らに、俺たちまで白い目で見られる。もう限界なんだ……」
低く抑えたその声が、彼が本気なのだとわかりやすく物語っている。
「これを捨てに行くって、もうすぐ外は暗くなるよ?」
「だからこそだ、今なら目立たない。どうせ、女じゃ労働力にはならねえし、嫁がせるにも金がかかる。うちにはほかにも子どもがいるんだ」
そう、リロにはたくさん兄弟がいた。この村では珍しくもない。
多くの家がたくさんの子を持ち、そのうち大人になって生き残れるのは、一人か二人。
それで十分だというのが、この村での一般的な考えだった。
「口減らしをするなら、早いほうがいいだろう」
父が淡々と言い、母が頷く。
「そうだね。ほかの子まで化け物扱いされたらたまらないよ」
リロは呆然と立ち尽くしたまま、淡々と話す両親の会話を聞いていた。
自分の話をされているはずなのに、どこか他人ごとのように感じられる。
まだ心のどこかで両親を信じる気持ちが残っていて、現実感が湧かないのだ。
(おとうさんと、おかあさんは……わたしを捨てたりしないよね?)
縋るように父を見ると、まるで物を見るかのような冷たい瞳と目が合った。
「行くぞ」
短く投げかけられた言葉と同時に、手首が乱暴に掴まれた。
「えっ、おとうさん? 待って……」
しかし、返事はない。
(……わたしを捨てに行くなんて、嘘だよね?)
尋ねたい。でも答えが返ってくるのが怖い。
「ぐずぐずするな!」
父は怒鳴りながら、強くリロの手首を引っ張った。
「痛いっ……!」
半ば引きずられるように、リロは家の外へ引っ張り出される。
外の空は、くすんだ紫色に染まっていた。