28:実技試験と雪豹獣人の少女(エリゼ)
妖精族のエリゼは退屈していた。
アヴァレラ魔法学校の試験内容が、あまりにも低レベルだったからだ。
エリゼのような妖精族は、基本的に魔法学校の試験を受けない。
生まれながらに、息を吸うように魔法を扱う種族だからだ。そういう種族は、妖精族のほかにもいくつか存在する。
それでも、エリゼがここの試験を受けたのは、見聞を広めたいと思ったからだった。
妖精族は妖精界という閉塞的な環境下で生きている。そして、ほとんどの者が、そこから出ずに一生を終える。
妖精界は環境がいいし、妖精にとって住み心地もいい。だから、外に出ないという理屈もわかる。しかし、エリゼはその枠に当てはまらなかった。
(退屈は嫌いだ。それに、これは、俺の将来に関しても必要なこと)
だから妖精界を飛び出し、アヴァレラ魔法学校を受験することにした。魔法島を選んだのは、外の世界の中で、比較的魔法が溢れる場所だから。
妖精族は息をするように魔法を使う。裏を返せば、魔法がなければ何もできない。
魔法のない暮らしに耐性がない。
それで、安全策として魔法島を選んだ。ここでなら、苦労なくやっていけると。
(だが、それは間違いだったのかもしれない)
あまりに、受験生のレベルが低い。
アヴァレラ魔法学校へ来るまでの飛行船では、金持ちそうな子どもがつたない魔法でほかの受験者を妨害していた。
客に遠慮したのか、飛行船の職員も一方的にやられていた様子だったし、ほかの受験生に至っては手も足も出ない様子だった。
子どもに雇われていた付き人にも、問題があった。
深く帽子を被っていたが、あれは、ドワーフ族ではなく人間族だ。
護衛職に就くような大人なのに武器だけを振り回し、魔法を一切使わないのがその証拠である。
まともな大人のドワーフ族なら、いくら金を積まれても、あんな子どもの我が儘に付き合ったりしない。
でも人間族は貧しい上に、魔法に関する事象に無関心だ。そして、ほかのあらゆる種族を恨んでいる。
あれは、金に目がくらんだ人間族に間違いなかった。
そして、筆記試験の内容も大したことはなかった。多少、妖精界の外の文化に触れることはあったが、エリゼにも解けるものだった。
さらには、この実技試験も、なんら難しくはない。真面目に取り組めば、達成できるレベルだ。
それなのに、試験内容が変わっただけで、文句をたれる雑魚がいるのには驚いた。
(あんな奴ら、最初から省いていればいいものを)
試験開始後、さっそく十匹のケサランパサランを捕まえたエリゼは、薄紫色の髪を靡かせながら、試験官のカルボンのもとへ向かった。
手にしたケサランパサランを魔法の檻ごと彼に差し出す。
「はい、十匹」
透明な小さな球体の中には、ふわふわと白い魔法生物が十匹、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
カルボンは黙ってそれを受け取ると、中を覗き込み、骨ばった顔にうっすらと笑みを浮かべた。見た目にはわかりづらいが、たぶん笑っている。
「うん、オッケーだ! 最速でのクリアだな!」
エリゼは心の中で「フン、当然だ」と鼻を鳴らした。
「そんじゃ、終了の鐘が鳴るまで、そのへんで待機していてくれ」
さっさと帰りたかったが、試験のルールなら仕方がない。
エリゼはカルボンの近くの木陰に腰を下ろし、腕を組んで試験の成り行きを見守ることにした。
まだ、ほかの受験生は誰も来ない。植物園の中で、右往左往しているようだ。
(本当にレベルが低い)
しかし、しばらくすると、小さな足音が聞こえてきた。
(誰か来る……)
カサコソと植物の茂みが揺れ、白い豹耳のフードを被った少女が走ってくる。
彼女は、植物の葉でできた巨大な皿を抱えていた。皿の上には何か……白い粉が山盛りになっている。
(なんだ、あれは)
そして、彼女の持つ皿の周りに、何十匹……いや何百匹ものケサランパサランがまとわりついていた。もはや、皿は綿毛の塊になりかけている……。
檻や籠など何もない。だというのに、ケサランパサランは逃げるどころか、あちこちから飛んできて、どんどん皿に集まってくる。
自らも綿毛の塊の一部と化しそうな少女は、試験官の前で立ち止まり、皿を差し出しながら声を上げた。
「カルボン先生、ケサランパサラン、持ってきました!」
「……」
試験官はあんぐりと口を開け、顎が外れそうになっている。
しかし、素早く気を取り直して少女から皿を受け取り、ケサランパサランを数えようとし……早々に諦めた。
「う、うん。とにかく十匹以上いるな! 素晴らしい!」
褒められた少女は にっこり微笑んだ。
「この白い粉は?」
「お米を粉砕して、細かい粉にしたものです! 奥にいっぱい、生えていたから……」
「なるほど、穀物はこいつらの好物だな! よく気づいた! こんな方法で試験内容を達成する受験生がいるとは思わなかったぞ! わっはっは!」
カルボンは、実に楽しそうに笑っている。
そんな二人の様子をエリゼは唖然としながら見つめていた。
(なんなんだ、あの雪豹獣人は……あんな方法、ありなのか!?)
エリゼの常識を超えた生き物がそこにいた。普通じゃない。
粉の周りに大量に湧いていたケサランパサランは、腹を満たすとと、また植物が生い茂る植物園の奥へ戻っていった。
雪豹獣人が、「またねー」と、のんきに手を振っている。
しばらくの間、誰もやってこなかったが……やがて、ぽつぽつと十匹のケサランパサランを捕獲した生徒が現れ始めた。
拡張鞄からケサランパサランを取り出しているのは、帽子を目深に被ったドワーフ族の少年だ。
彼はカルボンにクリアの判定をもらうと、雪豹獣人の少女に歩み寄った。
「お疲れ様! 君もケサランパサランを集め終わったんだね」
「あ、食人植物に捕まってた人……。無事にクリアできたんだね、おめでとう」
「君のおかげだよ。いや、本当にありがとうね~」
緊張感で張り詰める実技試験会場で、そこだけのほほんとした空気が流れていた。
さらに時間が過ぎ、ついに試験終了の鐘が鳴った。




