26:実技試験と謎の少年
受付は予定より少し早めに開始された。
今年は例年よりも受験者が多いのだと、近くの案内役が言っていた。
(ええと、最初の実技試験は、一番得意な魔法の実演だったよね?)
リロは、自分の手のひらをそっと見つめながら思い出す。
(一番得意な魔法は「粉砕」だけど……)
幼いころは、力の加減ができず、触れたものを何でも跡形もなく砕いてしまっていた。
リオパール家で練習するようになってからも、壊すつもりがなかったものまで壊してしまうことも多くて、よく泣いた。
けれど、今は違う。
大きくなるにつれて調整も上手くなり、精密な制御だってできるようになった。
リオパール家の工房の、魔石加工の手伝いを任されていたくらいだ。
またしても、受付の門をくぐると、次の瞬間、リロの足元から世界が流れるように切り替わった。
別の場所に飛ばされたのだ。
飛ばされた先は、村一つ分くらいありそうな巨大植物園だった。
色とりどりの草花や木々が、自然に近い配置で生い茂っている。
上や横には透明な屋根や壁があり、温室のような作りになっていた。
おそらくここは、魔法学校の敷地内にある設備のひとつなのだろう。
足元には白い光を帯びた紋様が浮かんでいて、受験者ごとに転送される仕組みらしかった。
植物園には一人の大人が立っていた。この人が、試験官のようだ。
獣人族の大人ほどの背丈だが、黒いマントを被った髑髏のような、おどろおどろしい見た目をしている。
(ひぇ……)
思わず、リロの喉が小さく鳴った。
(骸骨族だ。初めて見るけど、本に載ってた……)
珍しい種族で、普段は遺跡や洞窟など、暗い場所を好んで暮らしているそうだ。
そして、リロのほかに二十名ほどの受験生が植物園内に転移していた。こちらも、いろいろな種族がいる。獣人族、ドワーフ族、鳥人族、人魚族。
(あ……! あの人……!)
リロは見覚えのある人物を見つけた。
薄紫色の髪。整った顔立ちに、人を寄せつけない雰囲気。
飛行船で大臣の息子たちを眠らせた、どこか不思議な空気を纏う少年だ。
(すごい子と一緒の実技試験になっちゃった)
ほかの受験生たちは皆、緊張した面持ちで、試験官のほうを見ていた。
ぽつりぽつりと、残り何人かが転移してきたところで、試験官がゆっくり口を開く。
「よし! これで全員だな!」
見た目に反して張りのある、元気で熱い声だった。
「私はここの試験官を務める、アヴァレラ魔法学校の魔法体育教師、カルボンだ!」
彼は黒いマントを翻しながら、生徒たちの前で両手を広げて言った。
まさに、熱血という感じである。
「さて、今回の実技試験だが、年々受験人数が増える一方でな……全員の得意魔法を見ていたら明日になってしまう……」
冗談めかした口ぶりではあるものの、その言葉に受験生たちはざわめいた。
「というわけで、今年は試験内容を変更する!」
そのひとことで、植物園内に一気に緊張が走る。
「そ、そんなの聞いていないぞ!」
「事前に告知すべきだ! この日のために対策してきたのに!」
「変更のせいで落ちたら、どうしてくれるんだ! 名門校が、そんなことをして許されると思っているのか!」
あちこちから、怒りや動揺の声が上がる。
リロもまた、思わず息を呑んでいた。
(試験内容が変わるんだ……)
そんな大事なことを、今ここで突然告げられるとは思ってもみなかった。
(でも……)
ぐっと胸の前で拳を握る。
(魔法って、いつも予定どおりに使えるとは限らない。こういうのも『実技試験』のうちだよね)
そもそも、リロはミネットに聞くまで実技試験の内容を知らなかった。毎年同じ内容だと思っていなかったのだ。
(だから、変更されても……別に驚かない)
リロは冷静だった。
けれど、何人かの受験生は、わかりやすく顔をしかめて不満を表しながら、カルボンに詰め寄っている。
「なんとかしてくれ!」
しかし、そんな受験生たちに向かってカルボンは告げた。
「これは学校の全職員で協議した結果だ! それに不慮の事態に対応できてこそ、アヴァレラ魔法学校の生徒というもの! さあ、君たちの実力を見せてくれ!」
彼は、あっさりと、そう言い切る。声は熱く、その言葉には力があった。
それでも、何人かが納得できず、まだ文句を言っている。
すると、飛行船にいた少年が腕を組み、面倒くさそうに言った。
「この程度の変更で、文句垂れてんじゃねえよ、雑ぁ魚。アヴァレラの受験生は、もっとレベルが高いかと思っていたが……とんだ見込み違いだな」
その場の空気が、ぴたりと凍りついた。
反論しようとした誰かの口が、動きかけたまま止まる。
ひとまず、周囲が静かになったので、カルボンが説明を続ける。
「試験内容は、ズバリ、『ケサランパサラン・キャッチ』だ!」
言い終えた瞬間、植物園内にいた受験生たちから、どっとどよめきが起きる。
リロも、ぽかんと目を瞬いた。
(……ケサランパサラン?)
以前、本で読んだことがある。
ケサランパサランは手のひらサイズの、綿毛のような魔法生物だ。
ほのかな光を放ちながら空中をふわふわ飛び、嵐の前などに見られると言われ、捕まえると幸運がもたらされるという生き物である。
ただ、植物園内のケサランパサランは、おそらく、ここで飼育されている個体だろう。
「この植物園内にいる魔法生物、ケサランパサランを、どんな魔法を使ってもいいから十匹以上捕まえること。捕まえたら、私のところまで持ってくること!」
カルボンの声が、植物園の中に響き渡る。
「ただし! 植物園の中には危険な植物もあるから、くれぐれも気をつけるように! あとだな、魔法生物を捕まえる以外にも、行動によって加算ポイントがあるぞ! だから、捕獲が苦手な生徒でも合格のチャンスはある!」
その言葉に、再び受験生たちの間がざわついた。
ふわふわと漂って逃げ回るケサランパサランを捕まえるのは、魔法の制御力や発想力が問われる内容だ。
(あんなの、十匹も捕まえられるかな……)
不安と興奮が入り混じる。
「――というわけで! 全員、頑張れ! 以上だ!」
カルボンの力強い声とともに、開始の合図である笛が鳴り、試験が始まった。
生徒たちは、我先にと飛び出していく。
(わっ、私も急がなきゃ)
ガサガサと植物の間を駆け抜ける獣人族。
空中を飛び回って獲物を探す鳥人族。
水路伝いに近道して周囲を探索する人魚族。
(あれ……人間族、不利かも……)
<教師紹介>
カルボン先生
骸骨族、男性
魔法体育教師。見た目に反して熱血系陽キャ。




