24:筆記試験と校長先生
試験時間になると、目の前にふわりと問題用紙と解答用紙が現れた。
なんだか不思議な質感の紙だ。さらさらしていて、魔力を帯びているように感じる。
(……魔法でできた紙……かな?)
その紙を見て、全員が一斉に回答を始める。
それぞれのペンの音が、静かな空間に響いた。
(ひぇっ、私も始めないと!)
リロは慌てて、問題用紙のページをめくる。
しかし、一通りざっと問題を確認し、「はて?」と首を傾げた。
(なんか、全部簡単……)
本当に、これは、帝国最難関と謳われる、アヴァレラ魔法学校の試験なのだろうか。
クリストファーにもらった本のほうが、よほど難しかった。
(……? まあいいや、解いていこう)
この数年間、自分なりに努力してきた。
文字の読み書きから始め、魔法基礎理論、帝国の歴史、魔法の実践、魔法生物の言語知識まで――できる限りのことを積み重ねてきたのだ。
(大丈夫。落ち着けば、できる……)
さくさくと問題を終わらせていく。
何度か見直しても、かなり早く完了してしまった。
受験者の退出可能時間になると、机の上に「終了する?」と書かれた光が浮かび上がる。
その下には、「はい」と「いいえ」の表示もあった。
(触れたらいいのかな?)
リロは「はい」の文字に、そっと手を触れてみた。すると、机の上にあった問題用紙と解答用紙がパッと消える。
「……! びっくりした……」
驚いていると、今度はリロ自身の体がふわりと浮き上がり、気づけば教室の外へ転移していた。これも魔法みたいだ。
「ひゃあっ!」
初めてのことだらけで、軽く混乱してしまった。
転移先は、日差しの差し込む静かな中庭のようだった。草花がそよぎ、小鳥の声が風に混ざって聞こえる。
校舎らしき建物の影に囲まれたその場所は、なんとなく心が安らいだ。
(魔法学校の中庭? 試験が終わった人は、皆ここに飛ばされるのかな?)
リロが早く問題を解き終えたからなのか、まだまだ転移してきている人が少ない。ぽつり、ぽつりと、他の受験生が転移してくるのが見える。
(ええと、これから、お昼を食べて。午後の試験会場へ移動……)
予定を再確認していると、不意に声をかけられた。
「わあ、君、リロだよね。受験生名簿に名前があったから、楽しみにしていたんだ」
「あなたは……」
見ると、懐かしい人物――エルフ族のクリストファーが立っていた。
かつてリオパール家に来てリロの魔法を確認し、アヴァレラ魔法学校への進学を勧め、「初級魔法大全」の本をくれた人だ。
「クリストファーさん。じゃなくて、校長先生」
「どっちでもいいよ。筆記試験、早く終わったんだね」
「ええと、はい。校長先生にもらった本で、いっぱい勉強したんですけど……試験が、本よりも簡単で……」
困惑を隠しきれずに話すと、クリストファーは、いきなり腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは! そりゃそうだよ。まさか、あれを全部覚えたの!?」
「えっ……? そう、ですけど……」
答えると、またクリストファーは爆笑する。
「ロバートのときも笑ったけど、サムとカミラは、またしても真実を伝えなかったんだなぁ。あの本ね、入試どころか、二年生の途中までに習う範囲が、まるっと入っているんだよ」
「えええっ!?」
リロは思わず声を上げてしまった。
「だって、表紙に『初級魔法大全』って書いてありましたよ!?」
「でしょ? でも、試験範囲っていうのは、普通『入門魔法大全』って本から出題されるんだ。厚さも半分くらいで、内容ももう少し優しいやつ」
「…………」
リロはしばし言葉を失った。
(もしかして……私、ずっと難しい本で勉強していたの……?)
この日のために全部のページを覚え、魔法として実践できるよう練習してきたのに。
「まあまあ。あれができるくらいなら、入試はパスできるから自信を持って」
リロは両親やロバートが「リロなら大丈夫」と言っていた意味をようやく理解した。
彼らは全部、わかっていたのだ。
「それにしても、リロは大きくなったねえ。人間の成長は早い」
そう言ってリロを見つめるクリストファーの緑色の瞳に、なんともいえない不思議な感情が見える。
それがなんなのか、リロにはわからないけれど。
「先生は、前見たときと同じです」
「うーん、そうだねえ。数歳増えたくらいじゃ、エルフの見た目は変わらないよ」
リロの知り合いのエルフ族はクリストファーくらいなので、比較対象がない。
けれど、やはり、あの頃と同じで、クリストファーは二十歳くらいに見える。
「午後は実技だね。リロはお昼を食べる場所は決めてるの?」
「今から探そうかなって……」
「そっか。試験終了後は混み合うから、今から店や食堂に入っておいた方がいいかもね。私のおすすめは、校内南側のカフェかな。比較的寛げるし、二次試験の受付も近い」
いいことを聞いた。
「どこで食べるか迷っていたので、そこに行ってみます」
「うんうん。では、私はそろそろ仕事に戻らないと。会えてよかったよ」
「わ、私もです。ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げたリロに、クリストファーはひらひらと手を振って、のんびりとした足取りで校舎のほうへと戻っていく。
その背中をしばらく見送ったあと、リロはくるりと向きを変え、南のカフェを目指して歩き始めた。




