22:魔法島で兄と再会
アヴァレラ魔法学校行きの列車の中は、すでに受験生でいっぱいだった。
一人になってしまったリロは、空いている席を探し、列車の中を移動する。
受験生には様々な子がいた。なじみの深い獣人族、ミネットのようなドワーフ族、肌に鱗が見え隠れする人魚族、ごくごく希にエルフ族もいた。
鳥人族は自分で空を移動するらしく、列車にはいない。
結局座席は見つからず、リロは車両の間の窓辺のスペースに落ち着くことにした。
窓の外には、魔法島の景色が流れている。
淡くて明るい色のきれいな石畳、街中には耳に心地よい音楽が流れ、どういう理屈か空中には花が舞い、街中に張り巡らされた水路には透き通った水が流れている。
空気は澄んでいて、空には魔法生物が飛び交い、箒やボードに乗った人も、鳥人族も楽しげに移動している。
魔法学校では魔法による空中飛行の授業があり、飛ぶ方法さえ覚えれば、鳥人族以外でも空を飛ぶことができるそうなのだ。
(すごい、帝国とはまた違った不思議な雰囲気……)
窓の外の景色に夢中になっている間に、列車はアヴァレラ魔法学校の最寄り駅へと到着した。人混みに押し出されるようにして、リロも列車から降り、駅の外へ脱出する。
「ふぅ……」
駅の正面には、魔法学校へ続く坂道が伸びていた。
周りは学生街といった感じの雰囲気で、様々な店が軒を連ねている。
寄り道したいが、今は試験が重要だ。
誘惑を振り切り、リロは坂道を上った。その途中……。
「おーい、リロ!」
聞き覚えのある声がし、リロはハッと顔を上げる。
すると、頭上……空中に……よく知る人物が浮かんでいた。
「お、お兄ちゃん!」
また少し成長した、兄のロバートだった。
飛行ボードに乗ったまま浮遊している彼は、背も伸び、声も少し低くなり、一段と野性味が増して豹獣人の少年らしくなっている。
ちなみに、飛行ボードとは、魔法で飛行する人を補助する道具だ。
なしでも飛べるけれど、あれば速度や姿勢が安定する。
彼の肩には、栗鼠のような、猿のような、モモンガのような……不思議な魔法生物が乗っていた。
この子は、ロバートが魔法島で出会って契約した、彼の使い魔だ。
使い魔は、魔法使いの手助けをしてくれる魔法生物に対する呼称。魔法学校に行くと、多くの子が使い魔を持つようになると言われている。
ちなみに、リロの父――サムも輝石フクロウという種類の使い魔を所持していて、その子は郵便配達などで活躍してくれていた。
ロバートの使い魔は、彼が帰省する際に一緒にリオパール家にやってきたことがあり、リロとも面識がある。名前はキキという、可愛い女の子だ。
賢くて人なつっこく、時折、リロに対してお姉さんぶることがある。どうやら、兄と同じ目線で、リロのことを見ているらしいのだ。
「キキ、久しぶり」
挨拶すると、キキは「キキッ」と嬉しそうな声を上げた。ちなみに、キキは人の言葉もほとんど理解できるし、魔法陸獣語だとより正確に会話できる。
兄たちの場合、兄は普通にキキに話しかけ、キキが魔法陸獣語で答える……というやりとりが主流になっているようだ。なので、リロもキキには普通に話しかけている。
(この子のおかげで、魔法陸獣語をたくさん覚えられたんだよね)
魔法海獣語や、魔法陸獣語は、声帯が発達した魔法生物しか話せない。
川クジラやキキはそれぞれの言語を口に出せるけれど、実は会話できない子も多いのだ。
キキの種類は、正確にはピグミー袋栗鼠猿という。カドの町にはいなかったが、南方の土地には割とたくさん住んでいて、主食は木の実や果物だ。
「リロ、少し見ない間に、また大きくなったなあ」
「お兄ちゃんも、大人っぽくなったね」
「そうか? だったら嬉しいけど」
ロバートは、まんざらでもない様子でにっと微笑む。
「リロは、いよいよ試験だな」
「うん! それで会いに来てくれたの?」
「ああ。最近は次の学年に向けて、魔法島の外で次週の準備をしていたんだけど、ちょうど帰ってこられたから、リロに会いたくて」
「私も、お兄ちゃんに会いたかった」
告げると、ロバートは、頬を緩ませた。
「相変わらず、リロは可愛いな。せっかくだから、学校の中まで送ってやるよ。坂道は混雑しているから」
「いいの?」
「ああ、こっちに乗って」
下に降りてきたロバートに指示されつつ、緊張しながら彼の飛行ボードの前に乗る。
「魔法である程度制御できるとはいえ……あんまり動くなよ、落ちるから」
ロバートに支えてもらったリロは、しっかりと頷いた。
後ろに乗ったロバートの魔法で、ゆるゆると飛行ボードは上昇していく。リロが乗っているので、ゆっくり動くよう加減をしてくれているようだ。
「わぁ……すごい!」
そうしているうちに、飛行ボードは屋根より高く上昇し、リロは感嘆の声を上げた。
下には、蠢く大量の受験生たちの姿が見える。
「試験を受けに来る人が、こんなにたくさんいるなんて、魔法島に着くまで知らなかった」
「まあ、帝国以外からも集まるからなぁ。受かる奴はほんの少しだけど」
「どきどきする」
「リロなら大丈夫だ。俺より熱心に、あの分厚い本を読んでいたし」
ロバートはリロを支えながら、ぐっと親指を立てる。
飛行ボードはさらに上昇し、まっすぐに前方に見えるアヴァレラ魔法学校へ向かって進み始めた。
ロバートの魔法のおかげか、揺れや風による抵抗は感じない。息も普通にできる。
移動しながら、ロバートが主要な建物を教えてくれる。
「あそこが、学生たちが利用するカフェ。島内にはいくつか人気の場所があるよ。魔法島にある学校はアヴァレラ魔法学校だけだから、知り合いに会う確率も高いけどな。あそこらへんは、文房具とか教科書を売っている店」
「図書館、ある?」
「学校の中と、島の中央部にもう一カ所あるよ。リロは図書館が好きだよな、カドの町の図書館にも入り浸っていたし」
「うん、知りたいことがいっぱいあるから」
「俺は食べ物屋のほうがいいや。あの辺りは、パン屋とか、持ち帰りできる軽食屋が並んでる。学生たちにも人気だよ」
「パン!」
「……リロは、パンも好きだよな」
「うん。あそこの大きな建物は、何?」
「ああ、あれは学生寮だな。魔法学校の周りには、いくつか寮があるんだ。合格すれば、リロもどこかに入ることになるよ」
「お兄ちゃんと一緒がいいな」
「うーん、そう言ってもらえるのは嬉しいな。でも、寮は入学してからの儀式で決まるからさ、リロに合った寮が別にあるかもしれない」
「儀式……」
リロが神妙な雰囲気を出していたからか、ロバートが慌てて付け足す。
「あ、怖いものじゃないから大丈夫。決まるのも一瞬だから」
まだイメージは湧かない。
けれど、儀式よりも前に、試験に合格しなければならない。
「ああ、もうすぐ着くよ」
ロバートの声に前を向き直すと、だんだん魔法学校の建物が近づいてきていた。
陸路を行くより、たいぶ早い。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「このくらいしかできないけど、リロを応援してるからな」
飛行ボードは徐々に下降し始め、アヴァレラ魔法学校の敷地内に入った。




