20:拾われ少女は飛行船に乗る2
しばらくして、船内のざわめきが急に大きくなった。騒ぎが起きているようだ。
どこからか叫び声が聞こえてくる。
「……何かしら?」
ミネットが眉をひそめ、声のする方を気にする。リロも緊張した面持ちで頷いた。
「船室の外みたいだね」
「見に行ってみましょうか……」
二人で、こわごわと、外の様子を見に行く。
座席がたくさん並んでいる船室の外は、広いホールになっていた。所々にベンチが置かれ、植物なども飾られている。
旅のひとときをくつろげるように作られた空間みたいだ。奥には個室もある。
「わあ、こんな場所もあったんだ」
感動したいところだけれど、今はそれどころではない。
リロは騒ぎの原因を見つけた。
一人のドワーフ族の少年が、三人の大人たちと一緒に魔法でほかの人を攻撃していた。
彼の手からは、拳ほどの石のつぶてが、あちこちに向けて放たれている。
大人たちは攻撃魔法が使えないのか、手に持った棍棒のような鈍器を振り回していた。
傍には、彼らを止めに入ったのであろう、係員が倒れている。殴られて、気を失っているみたいだ。
「何、あれ……」
リロは思わず立ち止まり、目を見開いた。意味がわからない。
ミネットは状況を把握したようで、驚いたように声を上げた。
「あいつ、帝国の大臣の息子じゃないの!」
「えっ……知り合い?」
「……ええ。嫌なことに、顔見知りよ……自分以外の受験者を妨害しているみたいね。あいつがやりそうなことだわ」
ミネットと大臣の息子が知り合いだったことには驚きだが、それよりも気になる言葉がある。
「受験者を妨害って、どういうこと?」
「見た感じ、ああやって怪我をさせて棄権させるつもりのようよ」
見ると、大臣の息子たちは、ほかの受験生を追い回していた。
「まったく、手荷物検査係は何をやっているのよ」
困惑していると、ミネットは嫌そうな顔で大臣の息子を見る。
「彼はアヴァレラ魔法学校を受けられるような人じゃないの。勉強なんてまるでしないし、いつも街で問題ばかり起こしてる。成績も素行も、最底って評判だったわ」
彼女の声にも、嫌悪感が滲んでいた。
大臣の息子のことが嫌いなようだが、ほかの意図も含んでいるように感じられる。
ミネットには、出身地の話をしていたときと、同じような雰囲気があった。
「……大臣の息子の家は、父親がとにかく厳しいのよ。自分の名誉のためなら、子どもをどう扱おうが構わないって人だから。子どもに興味も愛情もないくせに、名門校に入れたって箔をつけたいのね……」
「それで……あの子は、魔法で他の人を……?」
「そう。実力では受からないとわかっているから、力づくで他の受験者を潰しにかかっているんだわ。あそこにいる大人たちは多分、彼が雇った手下よ」
「手下……!? 保護者同伴受験……?」
「そういうことをする奴なの」
そこまで追い詰められているなんて、なんとも気の毒な話だ。
けれど、だからといって、ほかの受験生を襲うのは間違っている。
大臣の息子の事情はさておき、こんな場所で暴れられたら困る。
ここにはリロと同じように、一生懸命勉強して、準備して、夢を胸に乗船した子たちがたくさんいるのだ。
(皆の努力を踏みにじるようなことを、平然とやらかすなんて許せない)
リロには彼の考えが理解できなかった。
隣でミネットが静かに口を開く。
「リロ、戻ろう。今の私たちじゃ、あいつらを止められない。下手に巻き込まれたら、ただじゃ済まないわ」
彼女の声は震えていたが、冷静でもあった。リロは黙って頷く。
しかし、そのとき、大臣の息子の手下の一人が、鈍器を振り回しながら、通り道にいる受験生を蹴散らし、リロたちのほうへ走ってきた。
ホールから船室へと向かうようだ。
(私たち、そっちへ戻ろうとしたけど……駄目みたい)
あの先には、何も知らない無防備な子たちがいる。リロは迷った。
(と、止めないと。被害者が増える……)
リロはとっさに、頭の中にある魔法の知識を引っ張り出した。
誰かを攻撃するための魔法は、まだ知らないけれど、何か使えるものがあるかもしれない。
(クリストファーさんにもらった、魔法島公式初級魔法大全……狭い場所で使える護身魔法……十七ページ、二三ページ、三四ページ……一七六ページのは弱いかも、二四三ページは範囲が広すぎるし、三五六ページは発動に時間がかかる。四六八ページ、五九三ページ……粉砕の魔法でもいいけど、相手が死んじゃうだろうし、ミネットを怖がらせちゃうかも……)
ちょうど入り口付近にいたリロたちをめがけて、男が鈍器を振りかぶる。
(駄目、間に合わない! なら……とりあえず、一八七二ページ、物質交換の魔法!)
リロは心の中で強く念じながら、パッと眼を見開いた。




