19:拾われ少女は飛行船に乗る
帝都はカドの町とは別世界だった。
目の前に続く石畳の道は広く、両側には背の高い建物が立ち並んでいる。
建物の素材も、洗練された白石や彫刻の施された木材が多く、華やかな雰囲気だ。奥には金色の針がついた時計塔も見える。
「……都会。ここが帝都……」
人通りは多く、様々な種族の人々が行き交っていた。
ケモノ耳を揺らして走る獣人族の子どもたち、翼をたたんで荷車を押す鳥人族、複数の腕を器用に使いながら屋台で海藻を並べている人魚族の商人。皆忙しそうだけれど、街は活気にあふれていた。
様々な店があり、花や香辛料の匂いがあちこちでする。
(飛行船の駅を探さないと)
せっかく予定通りの時間に帝都に着いたのに、飛行船に乗り遅れるわけにはいかない。
リロはカミラにもらった地図を片手に、いそいそと飛行船の駅を目指す。
(ええと、帝都の中心部の……高台になっている場所……)
幸い、川からは近いようだ。
目的地がわかると、リロはすぐに歩き出した。
しばらく歩くと、通りの雰囲気が少しずつ変わっていく。
庶民的な屋台や雑貨店が姿を消し、代わりに洗練された看板を掲げる高級店が並ぶ通りに差し掛かった。
服飾店、宝飾店、香水屋。
どの店も外装も上等で、ガラスの窓越しに並ぶ商品はキラキラと輝いて見える。
そこを通り過ぎると、坂の上に、ようやく飛行船の駅らしき建物が見えてきた。
高台に建つ、四角い塔のような建物だ。
その天辺には、円形の飛行船用プラットフォームが張り出しており、空に浮かぶ大型の飛行船が一隻、ゆっくりと接岸の準備をしている。
(あれに乗るのかな……?)
ここから出る飛行船は、魔法島――アヴァレラ行きの便だけだ。
建物の屋根の周囲には、円形の金の飾りがいくつも浮かび、回転していた。
大小さまざまな輪が惑星の軌道のように音もなく回り、きらりと太陽の光を弾く。
(駅の目印かな? 魔法で……動いてる)
不思議な光景に、リロは思わず息をのんだ。
塔の前には、すでに乗船を待つ人々の列ができている。その大半が、リロと同じような年頃の少年少女だ。
誰もが、試験への期待や不安を胸に抱えているように見える。
(……私と一緒だね)
リロは肩からかけた小さなかばんをぎゅっと握りしめ、係員から魔法島行きの切符を買った。
すると、近くにいた一人の少女が、リロに話しかけてくる。黒髪を三つ編みにした、少し色黒で小柄かつ、がっしりした体格の少女だった。
見た目の特徴から判断するに、ドワーフ族のようだ。彼女の年齢も、リロと同じくらいである。
「ねえ、あなたもアヴァレラ魔法学校の試験を受けに行くの?」
問われたリロは、こくりと頷く。
「うん、そうだよ。あなたも?」
「ええ、もちろん。よかったら、一緒に飛行船に乗らない?」
誘われてリロは、嬉しくなった。一人でいるより心強い。
「うん、一緒に行こう。私はリロ」
「私はミネット」
二人で簡単な自己紹介を交わし、並んで飛行船の列に加わった。
列の中では、受験生たちが未来のことを話している。緊張している子もいれば、楽しそうに目を輝かせている子もいた。
やがて、飛行船のタラップが、ゆっくりと下ろされる音が聞こえる。
リロにとって初めての、空の旅が始まろうとしていた。
前の子たちが飛行船に乗り込み始め、列はゆっくり進んでいく。
空へ向かうタラップは、魔法でできた浮遊式の橋のようだ。足元には淡い光の模様が流れている。
ついに、リロやミネットの番がきた。
緊張しながら切符を係員に渡すと、彼はにっこり笑った。
「はい、乗っても大丈夫ですよ。お気をつけて」
「……ありがとう」
お礼を言って、先へ進む。後ろでは、ミネットも無事に切符を係員に渡していた。
「リロ、飛行船、楽しみね」
「……ミネットも、乗るのは初めて?」
「ええ。この『飛行船』は初めてよ。わくわくするわ」
一緒に並んでタラップを歩き、リロたちは飛行船の中へと足を踏み入れた。
飛行船の中に入った瞬間、リロは思わず息をのんだ。
(思っていたより、ずっと広い)
外から見た船体のサイズからは想像できないほど、内部はゆったりとしていた。天井も高い。
(拡張魔法が使われているのかも)
リロは魔法に関して、まだまだ初心者だけれど、拡張魔法はサムやカミラの得意分野だったので、よく知っている。
彼らは乗り物に対してではなく、鞄などを作る際に使っていたけれど……。
「あら、広いわね」
ミネットも、同じことを思ったようだった。
リロはこくりと頷きながら、周囲をきょろきょろと見回す。
革張りの座席が並ぶ客席エリア、空を眺められる大きな窓、浮遊機関が動いているらしい後方の魔力炉室。どこを見てもすべてが新鮮で、目が離せなかった。
しばらくして、「まもなく出発します」と船内に魔法の声が響いた。魔法を使った拡声器から流れてきているようだった。
座席はあるものの、立ったままうろうろしている人も多い。
やがて、ごぉぉん、と鈍く低い響きが船底から伝わってきた。浮遊魔力炉が起動したのだ。床の下からふわりとした浮遊感が伝わってくる。
(う、動いた……!)
リロはミネットと一緒に窓際へと移動し、外の景色を確認した。
帝都の高台が少しずつ遠ざかっている。
「わあ……」
思わず、声が漏れた。
「本当に、飛んでいるんだね」
リロは窓に顔を近づけ、小さくつぶやく。
飛行船はすでに安定し、なめらかに上昇していた。
やがて、窓の外に、綿のような雲の海が広がり始める。
魔法島には特別な魔法の仕掛けが施されており、島の下に影が落ちないようになっている。
外から見える島自体も小さい。こちらもサイズを調整する魔法がかかっているらしい。
だから、上空に島があるにもかかわらず、帝都の街は明るかった。
「……きれい」
初めての光景に興奮していると、ミネットも隣で頷いた。
「うん、すごいよね」
一通り景色を楽しんだあと、リロたちは座席があるほうに移動した。
「ねえ、リロってどこから来たの?」
「カドの町だよ。小さい町だけど、川があって、森の近くには工房がたくさんあるの」
「へえ、いいところそう。自然が多そうね」
「うん。生き物がいっぱいいるし、川クジラもよく通るよ」
リロが話すと、ミネットは楽しそうに微笑む。
「けっこう遠くから来たのね。私は帝都からなの」
「……すぐ近くだね」
「ふふ、そうね。帝都のど真ん中出身だから」
彼女の口調にはどこか含みがあった。
笑ってはいたが、黒い瞳の奥に、少しだけ複雑そうな雰囲気が見え隠れする。
(帝都が、嫌なのかな?)
どう答えたらいいのかわからなくて、リロはそっとミネットの横顔を見つめた。




