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拾われ少女は魔法学校から一歩を踏み出す  作者: 桜あげは 


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19/60

18:拾われ少女は帝都を目指す2

 翌日、リロは元気よく家を出発した。

 お気に入りの雪豹のフード付きの上着に、黒いワンピース、蛍絹木の樹皮を加工して作った丈夫な靴。そして、収納拡張魔法の施された沼白鮫の皮の鞄。


「お父さん、お母さん。行ってきます!」


 店の前で見送ってくれる両親に向かって、元気よく手を振る。


「行ってらっしゃい、気をつけてね。リロなら試験も大丈夫よ」


 カミラが笑顔で抱きしめてくれた。


「うん」

「悪い人に攫われそうになったら、粉砕の魔法を使うんだぞ」

「……いや、それはちょっと……」


 交代でサムもリロを抱きしめてくれる。

 普段はおっとりしている父だが、こういうときだけ発言が過激だ。


 リロはきびすを返し、手を振りながら、カドの町に流れる川のほうへ向かった。

 近所にアヴァレラ魔法学校を受ける子は少ないようなので、川クジラは確実に確保できそうだ。


 リロは川へは何度か来たことがある。

 近隣にあるほかの町に出かける際にも、川クジラに乗ることがあるので。

 ただ、帝都まで行くのは初めてだった。


 工房がある通りを抜け、市場がある中心部を通り過ぎ、しばらく進むと川がある。

 川の周りにもまた、店が並んでいる。

 カドの町で手に入りにくいものなどは、ここに集まることが多い。他の町の商人などが、川を使って荷を運んでくるのだ。


 整えられた川縁の桟橋を進んでいくと、やがて川クジラの乗り場が見えてきた。

 もちろん、川クジラたちが商売をしているわけではない。

 だが、乗り降りしやすいよう、地元の人々が桟橋や乗降用の台を工夫して設けている。


(獣人は、川クジラに目的地まで連れて行ってもらうわけだけれど。川クジラとしては、遊びの延長なのよね)


 川をゆったりと行ったり来たりするのが、彼らの習性。

 だから、誰かを乗せて運ぶことは、特に苦でもなく、むしろ自然な行動のようだった。


 乗り場には、すでに数人の獣人たちが順番を待って並んでいた。

 一人ずつ、川クジラの背中に乗り込み、ゆったりとした水の流れに乗って、上流や下流の町へと運ばれていく。

 しばらく待つと、いよいよリロの番が来た。


(川クジラには普通に話しかけても通じるけど、魔法海獣語を使ったほうが確実よね)


 クリストファーにもらった、あの分厚い本には、簡単な魔法海獣語についても書かれていた。

 今回は、少し遠い帝都まで行かなければならないため、リロは魔法海獣語を話してみる。


「オァ、オァ、キュピ、カゥー(帝都まで運んでもらえませんか)」


 ちょっとたどたどしい発音だったかもしれないけれど、言葉が届いた瞬間……。


「ラァ! キウ!(いいよ、乗って)」


 元気な返事とともに、一頭の川クジラが勢いよく近づいてきた。

 他の川クジラたちに比べれば、ひとまわり小さいが、まるで「我こそは!」と言わんばかりの自信満々な雰囲気だ。リロは思わず、くすりと笑った。

 体長は、リロ三人分ほどだろうか。小柄とはいえ、十分に大きく、滑らかな白い体が水の上に美しく映えている。


 リロは桟橋からそっと身を乗り出し、川クジラのつるりとした背中に手を添えた。

 すると、川クジラの噴気孔から透明な風船のようなものが出てくる。

 それは、まるで繭のように、そっとリロを川クジラの背に固定した。

 この透明な膜は、川クジラが使う魔法によるもので、乗っている者が濡れたり、落ちたりしないよう、やさしく守ってくれるのだ。内側は驚くほど快適で、空気も澄んでいて、川の上に浮かぶ部屋に入ったような気分だ。

 膜の広さはリロ二人分ほどあり、姿勢を変える余裕もある。

 横向きになって水面を眺めることも、寝転んで空を見上げることもできそうだ。


「ア゛、グェ、グェ(二日で、着く)」


 川クジラがそう答えると、リロはにっこり笑って、魔法海獣語でお礼を返した。


「ティー!(ありがとう)」


 簡単なやりとりを終えると、川クジラはすいーっと、水面を滑るように泳ぎ始めた。大きな体が、力強く川を進んでいく。

 ときどき潜ることもあったが、魔法の膜がしっかりとリロを守ってくれていた。水に濡れることもなく、揺れもほとんど感じない。


 リロはその中で、主に試験に向けての復習をした。

 浮上しているときは、膜越しに川の両岸の風景を楽しむこともできる。

 木々の合間にちらちらと見える家々や、隣を通る渡し舟、遠くに聳える塔のような建物……すべてが新鮮で、胸が高鳴った。時折、川クジラとの会話を楽しんだりもする。

 夜になれば、膜の内側はふんわりと光り、星空を見上げながら、リロは安心して眠りについた。


 そうしているうちに二日が過ぎ、川クジラは予定通り、帝都の降り場に滑るように到着する。

 周囲には立派な木製の桟橋が組まれ、人々が行き交っていた。

 リロを包んでいた膜が消えたので、そっと川クジラから下り、降り場に足を踏み出す。

 まったく揺れない地面は二日ぶりなので、なんだか変な感じがした。


「オ゛ゥ、ティー(ありがとう、助かったよ)」


 振り返り、川クジラにお礼を言う。

 川クジラは満足そうに小さく鼻を鳴らすと、尾ひれで水をかき、岸から離れていった。リロは手を振る。だが、そのとき……。


「クワクワ、ファー!(遠くまで来られて、楽しい!)」


 川クジラは帝都の川を満喫するように、くるくると回り、ジャンプした。

 バシャーンと、豪快な水しぶきが舞う。


「うわぁっ!」


 リロは咄嗟に回避し、なんとか濡れずに済んだ。

 好奇心旺盛な川クジラは、嬉しそうに、まだ見ぬ川の向こうを目指して、跳ねるように泳いでいってしまう。

 去って行く川クジラに手を振ったリロは、その姿が見えなくなると、降り場から帝都の街へ向かった。


□<魔法海獣語講座(初心者編)>

・オァ→運ぶ(繰り返すと丁寧な言い方になる)

・キュピ→~まで

・カゥー→帝都

・ラァ→乗る

・キウ→はい、いいよ

・ア゛→着く

・グェ→日数(グェが二回で二日)

・ティー→ありがとう

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― 新着の感想 ―
川くじらちゃん!可愛くて親切で何とありがたい存在なんでしょう 家族に見守られて、経験を積んで成長していくのを楽しみにしています。
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