17:拾われ少女は帝都を目指す
あれから七年が経過し、リロは十二歳になった。
身長も伸び、桃色の髪は肩の上で短く切りそろえている。
豹耳フード付きの上着は相変わらずリロのお気に入りで、母のカミラにサイズの合う上着を何度か作り直してもらっていた。
カドの町にもすっかり馴染み、リオパール家の家族とも仲良く暮らしている。
アクセサリー用の鉱石の粉砕を手伝ったりするうちに、魔法のコントロールも上手になった。
かつて家に来たエルフのクリストファーにもらった本は、大事に使っている。今では全部のページを理解できるようになっていた。
そのほかにも、町の図書館の本を読んだり、卒業生である両親に勉強を教えてもらったりし、リロは受験に必要な知識を得ることができた。
二歳年上の兄、ロバートは、一足先にアヴァレラ魔法学校に入学している。
現在、彼は魔法島にある寮で暮らしていた。会えないのは、少し寂しい。
両親は、クリストファーと時々連絡を取っている。クリストファーはなんと、現在、アヴァレラ魔法学校の校長になっていた。
実は、初めてクリストファーに会ったとき、既に彼には、「校長にならないか?」という打診が来ていたのだとか。
クリストファーも学術機関でやりたいことは全部やったので、校長になると返事をしたらしい。この辺りの話は、父のサムから聞いた。
知り合いが校長なら、リロも少し安心できる。
今年は、リロの受験の年だ。
(どきどきする……)
アヴァレラ魔法学校は、三年制の学校である。
一年で基礎を学び、二年で専門性を身につけ、三年はほぼ実習。
そういう教育方針で、卒業後はどこでも就職を歓迎されるそうだ。
父のサムと母のカミラは、卒業後にそれぞれ工房で働いていたが、結婚を機に独立して店を構えたらしい。
この国――ボウル帝国の皇帝の側室が、カミラの親友で彼女の作品の大ファンで、かなりの太客なのだ。二人はアヴァレラ魔法学校の同級生だったのだそう。
そういうわけで、両親は普通に暮らしているものの、実はそこそこ実入りがいいようだった。大きくなるにつれて、五歳のときにはわからなかった、様々なことが見えてくる。
だから、リロは悩んだけれど、やっぱり、アヴァレラ魔法学校へ行かせてもらうことにした。学費諸々はあとで返すつもりだ。
(まずは、入学試験に合格しなきゃいけないんだけど……)
アヴァレラ魔法学校の入学試験は、帝国最難関と言われている。
十二歳以上なら誰でも受けられるけれど、中には何年も挑戦し続けている人もいるらしい。
(クリストファーさんにもらった本の中身は、全部覚えたけど……)
まだまだ、リロは不安だった。
今だって、夜だというのに居間のテーブルに分厚い本を置いて、中に書かれた内容を確認している。
そんなリロを見かねて、すぐ傍のキッチンでお茶を淹れていたカミラが声をかけてきた。
「リロったら、また、その本を見ているの? 心配しなくても、あなたなら大丈夫よ。ロバートが受験するとき、既に同じくらい本の内容を覚えていたでしょう? 筆記で落とされることは、まずないわ」
「……そうかなぁ?」
いまいち、そんな気がしないリロだった。
「筆記も心配だけど、実技も心配だなぁ。私、お兄ちゃんみたいに、器用じゃないもの。ものを粉砕する魔法と、アクセサリーの加工用の魔法、もらった本に載っていた魔法しかできないし……」
「入学前に、それだけできれば十分すぎるわ。あなたは心配しすぎ」
「本当に?」
やはり実感が湧かない。試験はもう、すぐだというのに。
(明日には、家を出なきゃいけない)
初めての、一人での移動。そして、試験。不安なことだらけだ。
悩んでいると、工房の片付けを終えたサムが階段を上がってきた。
「リロ、やっぱり一人で帝都に向かわせるのは心配だな。父さんが送って……」
「お父さんは、お仕事があるでしょ?」
リロは過保護すぎる父を思いとどまらせる。
帝都の王宮で来月開かれる祭典に向けて、リオパール家のアクセサリー工房は大忙しなのだ。そんなときに、サムを連れ出せない。
「私は一人で大丈夫。もう十二歳なんだよ」
リロは胸を張った。ひょこりとフードの上の豹耳が揺れる。
「お兄ちゃんだって、一人で帝都の飛行船乗り場まで行ったんだから」
「でもなぁ。リロは頑丈な獣人とは違って、人間だし……」
「問題ないよ。私はもう、人間じゃなくて立派な女豹だもの」
リロの言葉を聞いたカミラが、キッチンの奥でぶふっと吹き出す。
「そうね、あなたは立派な女豹――雪豹獣人よ。帝都で人間だとわかると、面倒なことも多いわ。獣人として出歩くのは正解よ」
リロはコクリと頷く。
ボウル帝国に人間は、ほとんどいない。いても、仕事で一時的に滞在する者くらいだ。
人間は、ピア王国から出てこない。
魔法を使う、ほかの種族を危険視し、恐れているのだ。
人間たちの住むピア王国では、魔法や魔法仕掛けの道具を使わずに、何もかも人力や魔法なしの道具を使っている。だから、相対的に生産性が低くて貧しい。
リロが捨てられてから、十二歳になるまで、ピア王国の内情はほとんど変わっていなかった。時間が止まったかのような状態の国である。
だから、人間が帝都にいると、否が応でも目立ってしまうのだ。さらに、魔法学校の試験を受けるとなると……。
(面倒くさいことになるかもしれない)
リロは人間だけれど、人間でいることにこだわりはない。
……というか、獣人たちのほうが好きだ。彼らはリロに対しても優しい。
近所ではリロが人間だと知っている人もいるが、皆、普通に接してくれている。
つつがなく入学試験さえ受けられれば、雪豹獣人と思われても、なんら問題はないのである。
ついでに、獣人の仲間でいられるほうが、リロ自身も嬉しい。
でも、人間が好きではない人もいるかもしれないから、気をつけようと思った。
カドの町から帝都までの移動手段は、川クジラ船だ。
川クジラという魔法生物が、獣人を背に乗せて川を移動してくれる。
魔法生物は、魔法を使う不思議な生き物の総称だ。総じて知能が高く、様々な固有の魔法を使う。
川クジラはつるんとした皮膚を持つ、真っ白な生き物だ。
獣人に友好的で、他の生き物を背に乗せて運ぶのを楽しんでいる……という特徴を持つ。
話せないものの、こちらの言葉もある程度通じる。
彼らはこの時期、川と繋がる各地から、受験生たちを帝都へ運ぶのに慣れていた。
カドの町に流れる川でも、たくさんウロウロしているので、頼んで帝都まで連れて行ってもらう予定だ。
「リロ、食事したら早く寝るのよ」
「うん……落ち着かないから、料理、手伝っていい?」
「もちろん。助かるわ」
カミラが答えると、サムも「じゃあ、僕も~」とキッチンへ向かう。兄はいないけれど、両親との楽しい団らんの時間だ。
リロはすっかり、リオパール家の娘になっていた。




